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天を穿つ黴  作者: 宇白 もちこ
第四章 風が吹いている
21/33

4-1

 ユキトは、背が高く黒髪で、意思の強そうな瞳をした男性だった。林檎は、その落ち着いた佇まいに不思議な威厳を感じ、促されるままソファに腰かけた。


「ちょっと待っていてくれ。シュンを呼ぶ」


 ユキトがデスクにある端末を操作する間、林檎は部屋を見渡した。パーテーションで仕切られ全容は見えないが、給湯室と比べて整然としている印象だ。というよりも、物がほとんどない。その代わり、デスク周りの機械は充実しているようで、モニターが四枚ほど並んでいた。


「よかったらどうぞ。暖かいハーブティーだ」


 ユキトはいつのまにかお茶を淹れたらしく、林檎の前に置いた。自身は林檎の向かいに腰かける。ユキトは林檎を観察するかのような、まっすぐな視線を向けた。その居心地の悪さに林檎がそわそわしていると、シュンはすぐに現れた。勢いよく扉が開いたことから、急いで駆け付けたのだろう。彼は眼鏡をかけており、思わず触りたくなるようなふわふわの金髪をしている。林檎を見ると、嬉しそうに顔を綻ばせた。


 二人は林檎に、ユッキーと林檎の残影との交流の経緯、『上』についての概要と二人の考えを話した。彼らの話は計り知れない広がりを見せ、林檎一人では処理しきれないと感じるほどだった。


 もし自分たちを信頼してくれるなら、梅を連れて来てはどうかと二人が提案すると、最終的に林檎は彼らを信じても良いと判断した。

 一度自室へ戻り、例のエレベーターのところへ梅を連れてくると、シュンが迎えに来てくれた。ユキトは立場上、深園に降りるには目立ちすぎるとのことだったため、同行しなかった。本当は木蓮も呼びたかったのだが、病院から外に出ることができないため、その後の密談には通話で参加することになった。ただ、盗み聞きされるリスクを避けるため、木蓮はイヤホンでこちらの声を聞き、自身はチャットで発言する形をとった。


 梅は興奮で頬を上気させながらも、緊張のためか、強張った顔で黙りこくっていた。梅は『上』の様子に興味津々で目を輝かせていたが、二人はエレベーターからそう遠くない、おそらくユキトの部屋と思われる給湯室のある部屋へと案内された。


 シュンとユキトは、先ほど林檎に聞かせた話を、梅と木蓮にも詳しく説明した。三人が『上』と呼ぶこの場所『HUE-33』について、二人は惜しみなく語ってくれた。彼ら自身もHUE-33の全貌を把握しているわけではないようだが、彼らの仕事内容や、そこで暮らす人類の生活まで、多岐にわたる話を聞くことができた。

 HUE-33は、広大な統治区の一つにすぎないらしい。他にも多くの統治区が存在し、それらすべてを統括する中枢は『セントラル』と呼ばれているとのことだった。また、深園の歴史で教えられてきた外の世界の描写、つまり山や海、空といったものは、概ね事実であることも教えてくれた。


 梅が悪気なく「同じ人間とは思えない所業だね」と言った時も、木蓮が悪意を持って「あなたたちこれまで胸を痛めなかったの?」とチャットで尋ねた時も、二人ははぐらかすことなく実直に話してくれた。また、彼らが見た目よりも若いということも分かった。


 ユキトは、力強いのにどこかほっとするような、思わず頼りたくなる話し方をした。説得や演説に向いていそうだ。それに対して、シュンの話し方には誠実さと気遣いがにじみ出ていた。


 林檎は、あることに気づいた。深園で暮らす多くの人間が、外の世界を夢見ることなく、石の中で人生を終えることに疑問を抱かないように、HUE-33の人間もまた、同じ人間であるはずの深園の人々の自由を奪い、管理することに疑問を抱かないのだ。人は無意識に、信じたいものを信じる。都合の悪い部分には目を向けない。あるいは、それに気付くことさえできない。ましてや、生まれた時から当たり前になっている文化や習慣を疑い、そこから逸脱しようとする林檎たちのような人間は、やはり特殊なのだろう。


 シュンとユキトは、自分たちの心境の変化と今の気持ちについても吐露した。ユキトは立場があるためか控えめなスタンスだったが、シュンは自分の人生を投げ打ってでも深園の人を助けたいと思っているようで、三人は驚きを隠せなかった。


 この五人は、深園とHUE-33を管理するコンピュータや、人間たちの予測から外れた存在だ。深園の人類の歴史に光芒を差すのは、私たちかもしれない。林檎は二人の話を聞きながら、そんなことを思っていた。

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