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天を穿つ黴  作者: 宇白 もちこ
第三章 交流
18/33

3-7

 そのユキトの残影は、林檎にぴったりと寄り添ってきた。触れたらどうなるのかと少し緊張したが、なんの感触もなかった。


「それで、その子について何か言いたいことがあるの?」


 シュンが林檎を指しながらそのユキトの残影に尋ねると、残影は左に動いた。


「はい、だってさ。この子、『下』の子だと思う?」


 残影は左に動く。


 シュンは「うーん」と唸る。根拠を尋ねたいが、いい質問が思い浮かばないようだ。


「それって、吸収を拒んでいた理由と関係ある?」


 ユキトの残影は少し迷ってから左に動く。


 シュンがユキト本体の方に顔を向ける。彼が何か話しているらしい。ユキトの残影が左に移動した。


 シュンが驚いたような表情を浮かべ、ユキトにユッキーの返答を伝える。ユキトがまた質問しているようだ。ユキトの残影は再度左に動いた。


「はい、とのことだ」


 林檎には、どんなやりとりが行われているのか分からない。


「なるほど、あの時か。あの隕石の時にそのまま下まで落ちたんだ。初めてユキトが瞬間移動した時だね」


 シュンは納得する。下に落ちたということは、このユキトの残影は深園に行ったことがあるということだろうか。


「じゃあ、『下』の暮らしを見たの?」


 ユキトの残影は左に動く。

 シュンは林檎の方を一瞥してから、ユキトの残影に尋ねた。


「こちらのコピーの本体に会った?」


 ユキトの残影は左に動く。


 確信した。ユッキーだ。林檎はユッキーに抱き着きたいのを我慢し、彼のところへすり寄った。


「『下』の人だと信じてもよさそうだね」


 シュンは心を決めたのか、林檎の方へ身体を向けた。


「君、ここにいるということは、多少の事情は分かっていると思っていいのかな。つまり、俺たちと深園の人たちとの関係について」


 林檎は少しだけ左に移動する。今のところ、管理する側とされる側だという認識は持っている。


「俺たちは確かにHUEの人間だけど、深園の人には同情しているんだ」


 HUEとはなんだろう? 初めて聞く言葉だが、文脈から察するに『上』のことを指しているのかもしれない。


「正直、できることなら、こんなことはもうやめたいと思っている」


 こんなこと? こんなこととは、何を指すのだろうか。疑問が尽きないが、こちらから質問することはできない。


 シュンは言葉を止め、ユキトの方を向く。やがて渋い顔をして「分かったよ」と言った。今の発言について、ユキトに咎められたのかもしれない。


「どこまでなら話せると思う」


 シュンが問いかけると、彼の顔がキッチンの方へ向いた。ユキトが立ち上がってキッチンへ向かったようだ。ユキトには、林檎と友好的にする気があまりないのかもしれない。それでもシュンは、ユキトへの確認を挟みながら、言葉を慎重に選びつつ、いくつかのことを話してくれた。その間、ユッキーはシュンの後ろで静かに佇み、その場を見守っているようだった。


 林檎たちが『上』と呼んでいたこの場所は、『HUE-33』というらしい。深園の真上に位置し、その全域を覆っている。ユキトが途中で何度か話を遮ったものの、シュンは深園の人々が太陽光だと信じているのが、HUE-33の底から照射されている光線だということも話してくれた。


 シュンとユキトが、深園とその住人を監視する部署に所属していることも分かった。ユキトは若くして責任者の立場にいるようだ。役職の名称はよく分からなかったが、監視課と呼ばれる部署の中でも特に偉い人間らしい。シュンはユキトを盛んに褒め称えたが、シュンの反応から察するに、ユキトは褒められるのを嫌がっているようだった。謙遜しているのか、もしくは本当に嫌がっているのかは林檎には分からなかった。そして、シュンとユキトは、幼い頃からの友達らしい。


 シュンは深園の人々に深く同情しており、彼らを監視する自分の仕事について、罪の意識を抱いているらしい。同じ人間である自分たちが深園の住人を管理し、彼らの知らないところで自由を奪っていることを、残酷だと考えているようだった。


 以前深園で見かけた、HUE-33の二人組を思い出す。若者の方が深園の人間のことを妬ましいと言い、それに同意できないもう一方の男性が深園の人間を『黴』だと表現していた。方向性は異なるものの、シュンはどちらかというと、後者と同じ解釈をしているのかもしれない。


 シュンが素直な気持ちを打ち明けるたびに、ユキトが口を挟んでいるようだった。林檎はユッキーの意見を聞きたくて時おり様子を窺ったが、彼は微動だにしない。シュンはユキトをなだめながらも、ユキトの意見を一度はきちんと聞いている。この場所で深園の人間を擁護するような発言をするのは危険なのかもしれない。ユキトの立場もあるのだろう。ユキトは深園の人間のことを、嫌っているか見下しているのだと思っていたが、ただシュンのことを心配しているということも考えられそうだ。


 瞬間移動と残影が見える能力については、彼らにとってもイレギュラーなものらしい。林檎たちと同じく、隕石が落ちた日から、急に使えるようになったとのことだった。


「いろんなことを知って、びっくりしているでしょ」


 林檎は素直に左に移動する。


「俺たちのこと、許せない?」


 林檎は戸惑う。『上』の人間を許せるかどうか、心のどこにも答えを用意していなかった。そういえば、自分はまだ深園とHUE-33との関係を、どこか他人の話として捉えているところがある。許すとか許さないという段階には、まだ考えが至っていないのだ。林檎は、考えを巡らせてみた。しかしあまりに大きな話で、ユキトやシュンのような個人に対する恨みは全く生まれない。少なくとも、林檎はシュンに対して、既に好感を持ち始めていた。


「深園の外に出たい?」


 この質問の答えならある。林檎はすぐさま左へ移動し、気持ちの大きさを表現するためにそのまま左に歩き始めた。


「俺たちHUE-33の人間に復讐するよりも、自由になりたいと思う?」


 林檎は駆け足になり、シュンの周りをぐるぐる回った。シュンが笑う。気持ちはちゃんと伝わったようだ。


「実は、考えていることがあるんだ」

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