3-6
「ありがとう。俺はシュン。こいつはユキトだ」
シュンは紹介した後、ユキトに何か言われたのか「ああ、そうか」と頷いた。
「ユキトのこと見える?」
林檎は右に動く。
「やっぱり見えないみたい。声もきっと聞こえないんだろう?」
シュンの問いに、林檎は左に動く。
「分かったよ。君は、瞬間移動ができる人?」
林檎は左に動く。
「できるそうだ」
シュンがユキトに伝える。
「俺たちの知り合い?」
林檎は迷う。知り合いとは言えない。しかしユキトのことは、ユッキーを通じて少しだけ知っている。それに、ユッキーとコミュニケーションを取ったことが伝われば、友好的に接してくれるかもしれない。林檎は迷って動きを止めた。
「迷ってるのかな」
ただ、ユキトと自分の関係性を肯定と否定の意思表示だけで伝えるのは、あまりに難しい気がする。林檎は自信がなくなり、右に移動した。
「詳しく聞いてみよう。俺の知り合い?」
迷いなく右に移動する。
「違うそうだ。ユキトの知り合い?」
林檎はまた迷う。
シュンはユキトがいると思われる場所をしばらく見つめてから、こちらを向き、「君が、一方的に知っているということ?」と林檎に尋ねた。
林檎は左に動く。そういうことにはなるか。
シュンがユキトに林檎の返答を伝えると「君は有名人だもんな」とだけ言った。
「ええと、君は男性?」
右へ動く。
「女性?」
左へ動く。
「女性か。成人?」
右へ動く。
「成人ではないと。じゃあ、君のご両親は監視課の人?」
監視課? 林檎は逡巡の後、右へ動く。質問の意味は分からないが、肯定ではないことは確かだ。
「管理課の人?」
右へ動く。課というのは、『上』の社会における、所属のようななものだろうか。
「研究課の人?」
ちょっと待てよ。この流れで質問を続けられると、『上』の人間ではないことがばれるかもしれない。まだ相手のことを信頼できるかどうか分からないため、それは避けた方が良い気がする。どのように回答すべきだろうか。林檎は右へ動きかけたのを途中でやめる。
「ん? じゃあ生活課の人?」
そう尋ねたシュンは、またユキトの方を向いた。彼が何か言っているようだ。「確かに、それもそうか。じゃあ、どういうことだ?」とシュンが尋ねる。
シュンは、「違うと思うけど、念のため」と独り言のように呟いてから「君、もしかして『下』の人?」と尋ねた。
林檎はすぐに否定すべきだと思ったが、この質問は今後の展開において重要な分岐点になる。林檎は素早く、肯定した場合のリスクを考えた。もし肯定すれば、シュンは深園の人間が『上』に来ていたと判断するだろう。『上』の人間は、自分たちの存在を深園の人間に知られたくないはずだ。この二人のことがもう少し分かるまで、こちらの身の上は伏せておくべきだ。返答自体を拒否するために立ち止まるのも一つの手だが、それが肯定と受け取られる可能性もある。
林檎は迷いながらも、最後には右に動いた。しかし、シュンは林檎の迷いをしっかり汲み取ったようだった。
「下の人かもしれないな」
ああもう、全然だめだ。林檎は自分の失敗を悔い、もうどんな質問にも反応しないと決めた。
シュンは前傾姿勢で、説得するような口調になる。
「君、俺たちには君が誰なのかを特定する術はないんだ。君の協力を得ない限りね。だから、質問には正直に答えてほしい。君はさっき、ユキトに吸収されないことを俺に見せたね。つまり、コピーが本体に吸収されるという性質を知っているということだ。君の周りには、おそらく俺みたいにコピーが見える人間がいるんだろう。とにかく、それを俺に見せたということは、何か言いたいことか、聞きたいことがあるんじゃないか? それで気を引こうと考えたんじゃないか?」
林檎は素直に左へ動いた。
「君がもし『下』の人間なら、俺はある程度の情報を提供したいと考えている。ただ、当然この場所では禁止されていることだ。言っている意味は分かるよね。だから、君が『下』の人間だと証明することはできないかな。話をする前に、その保証がほしいんだ」
彼が本音で話しているとは限らないが、林檎は彼の話に乗ってみることにした。彼の言う通り、彼らには私が誰なのか特定することは難しいだろう。彼にどういう事情があるのかはまだ分からないが、彼は『上』のルールを犯してまで、私に情報を与えようとしているようだ。
しかし、残影の身体で深園の人間であると証明するのは、難しいことのように思われた。梅から聞いた話によれば、残影の輪郭はぼやけていて、走り回ったり寝ころんだりするならともかく、身振り手振り程度であれば何をしているのか分からないそうだ。林檎は、何かヒントはないかと部屋を見回す。ペンを持とうとしてみたが、それもできなかった。
シュン自身も特にいいアイディアはなかったようで、腕組みをして考えている。
「さすがに難しいか」
シュンが諦めようとしたとき、林檎とシュンの間に白いもやが現れた。林檎は驚いて飛び上がる。
「あ、こいつ」
この白いもやは、おそらく残影だろう。自分の目で見たのは初めてのことだ。こんな風に見えていたのか。残影同士が視認できるということを、林檎は初めて知った。
「こんにちは」
試しにそのもやに挨拶してみたが、返答はない。互いに声を聞くことはできないみたいだ。おそらく、相手からも今の林檎のことは白いもやに見えているのだろう。
「これは、ユキトのコピーかな。何か言いたいことがあるの?」
シュンの質問を受け、その白いもやは左に移動した。
「分かった。じゃあ確認しよう。君、悪いけどちょっと部屋の外に出ていてもらえる? すぐ呼びに行くから」
林檎はシュンにそう言われて、扉へ向かった。ドアノブに触れられないことに気づいてから、そういえば律儀に扉から出る必要もないのだと気づく。
部屋の外で待っていたら、シュンはすぐに呼びに来た。彼に続いて部屋の中へ戻る。
「ユキトにしか答えられない質問をしていたんだ。だから念のため退席してもらった。すまなかったね」
なるほど、と林檎は頷く。わざわざ説明してくれることが好ましかった。
「こいつ、ちょっと前から吸収を拒んでたやつかな」
話の流れからうかがうと、この白いもやはユキトの残影らしい。もしかして、ユッキーだろうか。




