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天を穿つ黴  作者: 宇白 もちこ
第三章 交流
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3-4

 数日後、二人はもう一度エレベーターの前へやって来た。林檎の自室からでも瞬間移動できるだろうが、中の様子を少しでも窺えればと、扉の前までやってきたのだった。エレベーターの中へ移動する際、中に人が乗っていたら大変なことになる。

 エレベーターの前の廊下には人の気配はない。梅が扉に片耳をつけ、真剣な眼差しを伏せる。


「なんにも聞こえない」


 林檎は、画面に映るエレベーターの内部を見つめた。危険があったら、すぐに自室へ戻る。そのことを何度も自分に言い聞かせる。

 エレベーターの内部へ移った後に、それを操作して扉を開き、梅を連れて行くということもできるだろう。しかし、逃げなければいけない状況になった場合に、梅は瞬間移動を使えない。危険を回避するため、今回も林檎一人で行くことになった。


「行ってくる」


 梅は心配と羨ましさが入り混じった顔で、「気を付けてね」と言った。


 林檎は目を閉じ、心の中で「私は黴じゃない」と唱えた。そうすると少し勇気が湧いた。瞼の裏に、たった今まで見ていた景色を写す。そこへ行きたいと願うと、自分が移動した感覚を得た。この感覚は、何度も移動するうちに掴めてきた。


 目を開けると、エレベーターの内部だった。明かりはついている。


 壁には、上段と下段に分けていくつかのボタンが並んでいる。上段の一番左に『30』のボタンがあり、そのすぐ右には『HU-1』、『HU-10』、『HU-20』のボタンが並んでいた。この『HU』と書かれているボタンが、『上』の階を示しているのだろうか。下段には扉の開閉ボタンと非常連絡ボタンがある。


 林檎は『HU-1』のボタンを押した。


 箱が動きだす。勢いよく上昇が始まり、腰の辺りがずんと重く感じられた。耳に詰まったような感覚があり、唾を飲み込む。

 上がれば上がるほど、自分の部屋や梅、木蓮との距離が離れていくことを実感し、不安が膨れ上がった。林檎はうっかり瞬間移動しないよう、慌ててイメージを頭から振り払った。心臓が耳元で鳴っているのが聞こえる。


 上に着くまで随分長く感じたが、実際には一瞬だったのかもしれない。エレベーターは突然止まり、扉がひとりでに開いた。


 目の前に広がっていたのは、思いがけず見慣れた景色だった。深園のどこにでもあるような通路だ。人は見当たらない。床は灰色で、表面はつるつるしている。壁は白い。窓はなく、巨大な施設の中という感じがする。


 林檎は携帯端末で撮影を始めると、それを盾にするように前に構えて外へ出た。エレベーターの前は小さなホールとなっており、そこからいくつかの廊下が伸びている。


 今回、林檎の主な目的は三つあった。まずは、次回以降の瞬間移動のために、できるだけ安全に隠れられる場所を見つけること。次に、少しでも『上』に関する情報を持ち帰ること。最後に、窓を見つけて外の世界を見ること。

 最後の目的については、林檎が勝手に考えていることだ。梅と木蓮を差し置いて、一人だけ先に外の世界を見ることに後ろめたさはあるものの、自分の好奇心を抑えられるとは思えなかった。


 適当な廊下を選びながら進んでみると、人の姿は見えないものの、何度か人の声や足音が聞こえてきた。出くわすことがないように、人の気配を感じたらすぐに角を曲がるようにする。窓が目的でもあるため、なるべく同じ方向へ進んだ。先日深園で見かけた男たちの容姿から、『上』の人間の見た目や格好は、深園の人間とあまり変わらないと推測できる。それに言葉も通じる。そう考えると、たとえ見つかったとしても言い訳する余地はあるかもしれない。


 この場所の構造は分かりにくく、まるで迷路のようだ。エレベーターへの戻り方が分からなくなってきた頃、林檎はトイレを見つけた。トイレのマークが深園のものと同じだったので、すぐに分かった。トイレへなら比較的安全に瞬間移動できるかもしれない。


 中に入ると、個室の扉が閉まっていた。中に誰かいるのだ。林檎は別の個室に入り、内部を撮影した。いったん撮影を中止し、動画のデータを保存する。隣の個室から咳払いが聞こえる。林檎はトイレの座面に腰かけると、彼女が去るのを待った。彼女は水を流し、手を洗って外へ出て行った。


 静寂が訪れると個室から出て、端にある掃除用具入れの中を撮影した。瞬間移動先の候補としては最適かもしれない。人目に触れることがほとんどない場所だ。


 外の廊下から人の声が聞こえてくる。数人で連れ添って、歩きながら話しているようだ。林檎は個室へ戻ると、声が遠ざかるまで待った。そういえば、ここへ来てから耳に違和感がある。深園にいる時と比べて、音の聞こえ方が変わった。見た目よりも広い場所にいるような感覚だ。深園が巨大な石をくりぬいて作られたものであるのに対し、ここはおそらく資源を持ち込んで建設されたものだろう。材質や構造が大きく異なるため、音の聞こえ方も変わっているのかもしれない。


 瞬間移動先の候補を見つけたため、目的のひとつは達成した。一旦自室へ戻ることも考えたが、せっかくなので、このままもう少し探索することにした。まだ窓を見つけていないことは脇に置いておくとしても、『上』に関する情報を少しでも持ち帰りたい。


 再び廊下へ出て、気配を殺しながら歩く。しかし、情報を得るというのはなかなか難しいということに今更気づく。運良く立ち話を盗み聞きするか、資料やコンピュータの端末を見つけたいところだ。しかし、ただ廊下をうろうろしていて見つかるとは思えない。勇気を出して、適当な部屋に入ってみようか。


「ちょっと取ってくる」


 ほんのすぐ傍で声が聞こえ、飛び上がりそうになる。


 声のした方へさっと視線を向けると、真横に扉があった。そこから声がしたのだ。


 林檎が目を閉じるのと、扉が開くのが同時だった。自室の光景を思い描き、そこへ帰りたいと願う。しかし、移動したときの感覚は得られない。

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