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天を穿つ黴  作者: 宇白 もちこ
第三章 交流
12/14

3-1

 この国の中枢は、コンピュータの頭脳だ。創作物や歴史の教科書に出てくるような、国王や政治を行う人間は存在しない。もしパネルの上に人間がいるのだとしたら、この国自体が、その『上』の人間によって支配されているのかもしれない。


 ただ、林檎の関心を引いているのは、『上』のことやこの国の歴史よりも、パネルからの偽の太陽光の照射を止められれば、この閉ざされた石の外に出られるかもしれないという可能性だった。その思考に至って初めて、林檎はこれまでの鬱屈とした日常とは異なる、強烈な期待と渇望を覚えるのだった。


 この国にある創作物のほとんどは、深園が舞台になっている。深園の外を描いた作品もあるが、全てフィクションだ。深園の外に関して正しい情報を得るには、歴史の本や資料を読むしかなかった。そこには、太陽光が安全だった時代の情報として、外のことが記載されている。石の外には、山や海や空があるらしい。

 林檎が特に興味があるのは空だ。遮るものがないということは、どうしてこんなに私をわくわくさせるのだろう。本物の空では、空気中の水分が集まって雲ができ、そこから水が落ちてくるらしい。雨と呼ばれるものだ。深園の天井に映し出される映像には、そんな仕掛けはない。林檎は淡い色で描かれたそれらの挿絵を、食い入るように見つめたのだった。


 パネルの上に本物の太陽があるとして、さらにその光に危険性がないのだとしたら、人類には二度と目にすることができないとされていた景色を、私たちは見られるかもしれない。そう思うと、強烈にそれを欲してしまうのが不思議だった。これまで石の外に憧れたことなどなかったのに。


 パネルの照射を止めるか、この国から脱出して照射の届かないところまで逃れる方法はないものだろうか。私一人であれば、写真さえ手に入れば遠い場所へ移動できる。しかしそれを手に入れるのは難しい。それに、外へ出るならやはり木蓮と梅も一緒がいい。


 ただ、これまで深園で学んできた歴史書や資料が、本当に真実を伝えているのかどうか、林檎には確信が持てなかった。もし、それが嘘だったとしたら、外の世界はもっと恐ろしい場所かもしれない。あるいは、何もない空間なのかもしれない。それでも彼女は、希望を捨てきれずにいた。


 林檎は毎晩ベッドに入ってから、空想にふけるようになった。


 パネルの存在を知る人間は他にいないのだろうか。ただ、もしいるとしても、今の林檎たちと同じように、他の人に話すことはないだろう。信じてもらえるはずがないからだ。太陽光の真実の影に潜むものがなんなのかはまだ分からないが、こちらがそれを知っていることを、相手に知られるべきではないと三人は考えていた。瞬間移動の能力についても、こちらの武器として隠しておくべきだろう。三人は『上』に侵入しようと画策し始めていた。


 ユッキーが、『上』に関連する残影だということが分かってから、林檎と梅はいろんなことを彼に尋ねた。そうして分かったところによると、パネルの上にはユキトをはじめとした人間が暮らしているらしい。彼らはこの国を、コンピュータを介して管理しているのだという。しかし、その目的や具体的な方法については、質問が悪いのか、もしくは回答する気がないのか、教えてもらえなかった。ただ、パネルから照射している光の用途は、やはりこの国の人間を外に出さないようにするためとのことだった。ユッキーから得た情報は木蓮にも伝えて、彼女の意見もしばしば参考にした。


 ユッキーとしても、頼みの綱は梅しかいないようだ。本体である、ユキトという人物の元へ戻って吸収されることを切に願っているらしい。彼は『上』へ行くための手段が存在することも教えてくれた。自分が本体のいる『上』へ戻るには、それを伝えるしかないと判断したのかもしれない。いつまでも梅の傍にいることを考えると、自力では戻れないのだろう。残影は壁を通り抜けることができるらしいが、浮かび上がることはできないのだと推測できた。


 林檎と梅は、ユッキーに案内してもらい『上』へ通じる場所へ行くことにした。いったいどんな場所へ連れて行かれるのかと、二人はずっと落ち着かなかった。いきなり『上』へ行くことになるかもしれないのだ。当然のことではあるが、この国の上空を見渡すことはできないため、どの場所が『上』とつながっているのかは想像もつかない。


 ユッキーには、この国の土地勘があるようだった。迷いなくレールキャブの駅へ向かいそれに乗ると、十六区画へ二人を連れて来た。十六区画は労働区画となっている。


 国民の人生には、労働と研究という選択肢があった。国民はどちらかを選択し、その活動に従事することになる。強制力はないが、ほとんどの人間が自ら積極的に取り組もうとするから不思議だ。林檎にももうすぐ選択の時が訪れるが、どちらにも魅力を感じていなかった。


 労働とは、何かを作ったり、売ったり、サービスを提供したりすることだ。コンピュータや機械で代替できる作業をわざわざ人間が行うため、林檎や木蓮に言わせれば、まるでごっこ遊びのようなものだ。

 研究は、これまで人類が発見した膨大な情報を頭の中に書き込む作業だ。新しい発見があることはまずない。労働と研究の両方に言えることだが、たとえ誰もがやらなくなったとしても、コンピュータと機械が人類を生かし続けてくれるのだ。


 十六区画へ到着した二人は、ユッキーの後を追いながら労働者たちを観察する。彼らは商品を売り、売上を伸ばすための会議を開き、新商品のプレゼンテーションを行っている。会社の業績を上げることには何の意味もないにもかかわらず。たとえ人間の企業がなくなったとしても、国民は国の支給品から商品を選ぶことができる。労働者たちは、無理に労働の中に生きがいを見出し、それを妄信しているように見え、林檎は寒々とした気持ちになった。

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