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天を穿つ黴  作者: 宇白 もちこ
第二章 まちよつはなかむま
11/14

2-4

「聞いて、林檎。私とんでもないものを見ちゃったの。太陽は、なかったの」


 太陽はなかった。梅の予想した通りだ。木蓮からのメッセージ『まちよつはなかむま』は、『太陽はなかった』を意味していたのだ。

 しかし、いったいどういう意味だろう。


「この国の上にはパネルがあって……というより、この国は上をパネルで覆われていて、そのパネルから光が照射されているの。私の視力を奪ったり、国民をこの深園という石の中に閉じ込めたりしているのは、太陽光じゃなくてその人口の光なのよ」


「どういうこと? それ、本当?」


 素直な声が出る。木蓮が「シッ」と指を口元に当てた。

 あまりに突飛な話に『パネル』、『太陽光』、『人口の光』という言葉が、林檎の頭の中をくるくる回る。

 木蓮は声をひそめたまま話を続ける。



「私の部屋、すごく高いところにあるでしょう。隕石が落ちたとき、私は潰されずに済んだんだけど、壁と天井が崩れて、外に晒されてしまったの。強い風が吹き荒れていたからすぐに分かったわ。あんなに激しい風に包まれたのは生まれて初めてのことだった。

 そのまま太陽光に焼かれてしまうと思ったのだけど、どういうわけか暗かったのよ。昼間だったのに。それで思わず上を見上げたら、パネルのようなもので上空一面が覆われていたの。

 とんでもない大きさだった。

 何がなんだか分からなかったけれど、慌てて隠れようとしたわ。太陽光への恐怖心が体を動かしたのね。衝撃で歪んでいた扉を無理やりこじ開けて、隣の部屋に避難したの。

 でも少しだけ冷静になると、どうしてもパネルのことが気になって、もう一度扉を細く開いて、タオルで顔を隠しながらパネルを見たの。そうしていたらパネルから光が照射されて、私の目と肌は焼かれてしまった。

 あんなに大きなパネルがどうやって作られたのか、そして誰が作ったのか、何も分からないけど、あんなものがあるとこの国に本物の太陽光が当たらないことは確実よ。そもそも本物の太陽というものが存在するならだけど」



 林檎は隕石が落ちた直後に、自室の傍の廊下が崩れていたことを思い出す。あの時、廊下の先は暗かったが、少し経つと明るくなった。木蓮の話と一致する。


「上のパネルも、隕石が貫通した時に壊れているはずだわ。照射が止まったのは、たぶんそのせいか、システムによって緊急停止したのよ。一時的に照射が止まったけれど、すぐに復旧してまた照射されたんだわ」


 そのとても現実とは思えない話は、こんな状況でなければ真面目に聞こうとは思わなかっただろう。しかし、彼女の話を疑うつもりは毛頭ない。


 歴史の教科書などに、太陽光が登場することがある。かつて人類は、燦燦と降り注ぐ太陽の光を全身に浴び、寝そべったりジョギングしたり、思い思いのやり方で日光浴を楽しんでいたそうだ。人類には、もうそれが叶わないものだとされていた。


 私たちの自由を縛り、私たちの身体を焼く、憎むべき太陽光は偽物だったのだ。きっと、木蓮が見たというパネルのさらに上に、本物の太陽はあるのだろう。


 それが事実であるならば、この国の歴史には大きな嘘があることになる。私たちは、太陽が膨張し地球に近づいたことで太陽光の危険性が増し、太陽光から身を守るために深園が造られたのだと教えられてきた。パネルは、この国が作られた時からあったのだろうか。パネルを設置した人間、組織、もしくは何らかの管理機能により、この国は管理されているのだろうか。いくら林檎が考えても、分かるはずもないことだ。


 そもそも、嘘は太陽光に関することだけなのだろうか。これまで常識だと思っていたことが、嘘かもしれない。底の見えない大きな穴を覗き込んだ時のような気持ちになり、林檎は具合が悪くなってきた。


「このこと、ここへ連れてきた人や病院の人に話したんだけど、信じてもらえなくて。携帯端末も取り上げられていたの。林檎が来てくれて本当によかった」


「少なくとも、国はこのことを隠そうとしてるみたいだね」


 林檎の言葉に、木蓮も同意する。

「そうだと思う。私、面会もできないようになっているわよね。ところで、林檎はどうやってここまで来たの?」


 林檎は、これまでのことを全て話して聞かせた。瞬間移動のことだけではなく、梅にだけ見える残影のことも話した。木蓮が口を挟むこともせず信じてくれたので、林檎はじんと胸が熱くなった。それから木蓮に断って、病室の写真を撮った。この写真があれば、いつでもここへ瞬間移動ができる。


「木蓮、目のことは本当に残念だった。これから、少しでも力になれることがあればなんでも言ってほしい」


「あのね、不思議なことなんだけど。自分で言うにしても、こんなことを言うのは不謹慎だと思うんだけど。私、前と比べて、確かに生きているという実感が湧くの。目が見えなくなって、怖くて寂しくて不便で、苦しいんだけど、これでいいと思ってるの。目が見えなくなってから、というより、例のパネルを見てからかな。ずっとわくわくしているの。やりたいことや知りたいことで頭の中がいっぱいなのよ。だから、この件については気を使わないで」


 木蓮の言葉に、林檎ははっとする。自分の気持ちを言葉にするのが難しくて、林檎はつい黙ってしまったが、彼女の言っていることは、林檎に訪れた心境の変化に似ているのかもしれない。


 自分に偶然与えられた瞬間移動の力と、梅の残影が見える力と、木蓮のこの歴史をひっくり返す情報で、私の世界は大きく変わり始めている。具体的に何ができるのか、まだ何も見えてはいないが、冒険はもう始まっているのだ。そのことを考えると、林檎は手足がしびれるような心地になった。


「次に来る時は、新しい携帯端末を持ってくるよ。目が見えない人用のやつがあるはず。国にもらったやつは信用できないし」


「ええ、そうね。そろそろ帰った方がいいわ。今日はありがとう、林檎」


 林檎は木蓮に別れを告げ、目を閉じると自分の部屋の光景を思い浮かべた。


 再び目を開けると自室の真ん中におり、心配そうな顔をした梅が待っていた。林檎は話しくたびれていたものの、梅の顔を見ると伝えなければという思いが募り、木蓮から聞いたことを洩れなく伝えた。


 話が終わり、林檎が温かいお茶を淹れる間、梅は黙り込んで真剣な顔をしていた。非常に早いペースで思考が展開しているのだろう。林檎は彼女の頼もしさにほほ笑むと、彼女の前にお茶を置いた。


 梅は林檎の目を見て、迷いなく言い切った。


「そのパネルの謎を、私たちで突き止めよう。なんなら、パネルのところの写真を手に入れて、瞬間移動でパネルの『上』へ行ってみようよ!」


 彼女の視線は、エネルギーに満ちている。そしてすぐに、何かに気づいた。


「そうだ! ユッキー!」


 梅が部屋の隅を振り返りながら、小さく飛び上がる。


「君、もしかして『上』の人?」


 林檎が梅の顔を見ていると、彼女の視線は右側に動いた。

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