第9話 悪役、地下へ。
謹慎三日目。
昼過ぎのカフェで、俺はパンケーキを突っつきながら現実逃避していた。
「……なぁ、悪役って休んでる間も“悪”してないと落ち着かないんだな」
独り言に、隣のOLがチラッとこっちを見る。
いや、違う。別に悪事の相談してるわけじゃない。
スマホが震えた。
差出人――非公式アカウント。
件名:《裏正義プロジェクト》
本文は一文だけ。
「現場を見に来てください。あなたの“悪”が必要です」
……また怪しい誘い文句だな。
でも、美影の文体だ。
たぶん、管理局の“裏ルート”だろう。
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夜。
指定された場所――
廃ビルの地下三階、“ヒーロー管理局・非公開支部”。
照明が切れかけた通路の奥に、美影が立っていた。
スーツ姿のまま、いつもどおり冷静。
だが目の奥が、少しだけ疲れていた。
「よく来ましたね、アオトさん」
「来るしかないだろ。パンケーキより刺激的そうだし」
「あなたに見せたいものがあるんです」
彼女に導かれ、分厚い防音扉をくぐる。
中には――十数人のヒーローたち。
だが、みんなバッジを外していた。
表には出られない、“除名済み”の者たち。
「ここは……?」
「正義に“落第”したヒーローたちです。
暴走した、あるいは世論に叩かれ、戻る場所を失った人たち」
「……つまり、“失業者支援”の裏バージョンか。」
「ええ。でも、彼らはまだ“誰かを守りたい”と言うんです。
だから――あなたの出番です」
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俺は腕を組む。
「俺に何をさせたい? まさか、ヒーロー更生プログラムとか言わないよな」
「正解です」
「不正解であってほしかった」
美影がテーブルの資料を開く。
そこには“影のヒーロー計画”と書かれていた。
――要するに、
正義ブランドから外れた者たちを、“裏の守護者”として再教育するプロジェクト。
「彼らを指導できる人材は、正義の側にはいません。
“悪”を知るあなたしか」
「おい、悪役の使い方、雑になってね?」
「報酬は二倍。保険完備。匿名契約です」
「即答で受けるわ」
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数日後。
俺はまた、“講師”をしていた。
ただし今回は、ヒーローではなく“落ちたヒーロー”たちが相手だ。
「――じゃあ今日は、“社会復帰できる悪事”について話す」
「復帰できる悪事ってあるんですか?」
「ある。信号を守って逃げるとか、人に怒鳴らないとか」
「……それ、ただの常識では?」
「その常識を守れたら、お前ら落第してねぇだろ」
笑いが起きた。
でも、その笑いには救いの温度があった。
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夜の訓練。
一人の元ヒーロー、リナが倒れた。
「すみません……力、加減が……」
「いいんだ。お前らは“止まること”を覚えりゃそれでいい」
彼女の瞳には涙が滲んでいた。
「私、まだ“守っていい”んでしょうか」
「当たり前だ。守るのに資格なんていらない」
その瞬間、ほんの少しだけ――
俺の中の“悪役”が報われた気がした。
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休憩中、美影が近づいてきた。
「……どうでした、現場は?」
「まぁ、地上よりずっと人間的だな」
「皮肉ですね」
「褒め言葉だよ」
彼女は少し微笑んだ。
「あなた、本当に悪役なんですか?」
「それ、何回聞かれたと思ってんだ」
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帰り道。
廃ビルの非常灯の下で、
元ヒーローたちが互いに手を取り合っていた。
光は弱い。けれど確かに、そこに“正義”があった。
「……なあ、美影。
これがほんとの“正義の祭典”なんじゃないか?」
「ええ。誰も見ていないところで、誰かを助ける。
それこそが、本当の正義です」
「……なら、俺ら“悪役”の仕事、まだ終わらねぇな。」
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次回:
第10話「悪役、帰還する。」
――「地上のヒーローたちよ、また爆発で会おう。」




