第8話 悪役、炎上する。
朝起きて、スマホを見た瞬間――俺は固まった。
《トレンド1位:ブラック・アオトン先生、授業中に悪の哲学を語る!?》
……いや、待て。語ったけど! ちょっとだけだよ!?
「悪にも役割がある」って言っただけだよ!?
なんでそれが“悪の布教”になってんだよ!!
スクロールするほどに地獄のコメント欄が流れてくる。
「悪を正当化する講師、倫理的にアウト」
「ブラック・アオトン、子供に影響与えすぎ問題」
「#悪役は悪をやめろ」
おい、最後のハッシュタグ、概念として矛盾してんだろ。
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管理局に出勤すると、職員の視線が痛い。
ヒソヒソ声が飛び交う。
「ねぇあれが……」
「炎上の……」
「“悪の思想家”ってマジ?」
……あーもう。
悪役が世間に誤解されるの、職業病みたいなもんだな。
「お疲れさまです、アオトさん」
スーツの美影が、コーヒーを差し出してくれた。
妙に穏やかな笑顔。
あの笑顔の裏には、だいたい“めんどくさい仕事”が隠れている。
「……なんだその“とどめのカフェイン”みたいな笑顔は」
「炎上対応会議、15分後です」
「だろうと思ったよ」
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会議室。
十人以上の職員が並び、前方のスクリーンには俺の授業映像が映し出されていた。
「――正義が光なら、悪は影。影がなきゃ光はただの眩しいノイズだ」
……うん、確かに言ったよ。かっこつけて。
でもこのBGMつけんなよ。ドキュメンタリー番組みたいじゃねぇか。
「アオトさん」
管理局長が腕を組む。
「この発言、“悪を必要悪として容認した”と取られています」
「いやいや、文脈! もっと教育的だったでしょ!?」
「SNSでは“悪の思想家”としてまとめ動画が作られてまして……」
「俺の人生、勝手に編集されてんの!?」
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その夜。
自宅のポストに紙切れが入っていた。
差出人不明。
《悪の哲学、聞きました。自分、救われました。
ヒーローを辞めたけど、また立ち上がりたい。》
――カガリの字だった。
俺は少しだけ息をついて、苦笑する。
「……まったく、どいつもこいつも炎上体質だな」
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翌日、職場のエントランス。
局の前には報道カメラ、記者たち、そして――
“ヒーロー志望者の抗議デモ”が押し寄せていた。
「悪を教育するなー!」
「正義は純粋であれー!」
「ブラック・アオトン、悪役やめろー!」
(やめたら街のヒーロー全員失業するだろ……!)
美影がため息をつく。
「世の中はいつも、“単純な敵”を求めるんですよ。
……まさか、それが悪役教育講師になるとは思いませんでしたけど」
「俺も思ってねぇよ」
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夕方。
会議室の隅で、上司が言った。
「今回の件、責任を取って――しばらく現場離れてもらいます」
「……クビ?」
「いえ、“謹慎”。SNSの炎上が収まるまで」
俺は深呼吸して、笑った。
「悪役に休暇……なんか皮肉だな」
「休暇中に、自分の正義を考えてください」
「いや俺、“悪”なんだけど」
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その夜。
アオトンのスーツを脱いで、街を歩く。
ヒーロー広告が並び、
スクリーンでは“新人ヒーローの笑顔”が映っている。
――ふと見上げたビルの影に、
小さな落書きがあった。
《ありがとう、悪役さん。》
誰かのイタズラかもしれない。
でも、それで十分だった。
「……やれやれ、休暇も悪くないか」
スマホが震える。
《新規DM:ヒーロー管理局(非公式)》
「次の仕事、あります。――“裏側”で」
「……裏側?」
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次回:
第9話「悪役、地下へ。」
――「あれ? これ教育じゃなくて潜入任務じゃね!?」




