第6話 悪役、教育係になる。
「ブラック・アオトンさん、ですよね? 今日から講師としてお願いします!」
……その日、俺は人生でいちばん場違いな職場に立っていた。
場所は“ヒーロー育成センター第3訓練区”。
白い壁、キラキラした制服、青春ドラマみたいな掛け声。
なのに、真ん中に立ってるのは――黒いスーツに赤いライン、肩にトゲのある俺。
「えーっと、改めまして。今日からみんなの“悪役指導”を担当する、ブラック・アオトンだ。拍手はいい、リアクションもいらん。爆発物は持ち込み禁止だ。」
静寂。
数十人の若いヒーロー候補たちが、ぽかんと俺を見つめている。
「……あの、悪役が先生って、ギャグですか?」
「演出ですか? ドッキリ?」
「てかこの人ほんとに怪人? マジでトゲ生えてるけど。」
……おい、そこ現実にツッコむな。
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教室の隅で、美影ユリがタブレットを構えている。
あのスーツ女だ。例のヒーロー管理局の審査官。
彼女は俺をスカウトした張本人であり、今日の地獄の仕掛け人でもある。
「アオトさん、よろしくお願いしますね。“ヒーローの倫理講座”は初めてなので」
「講座って言われても、俺は悪役だぞ。悪役倫理ってなんだよ。裏切りのマナーとか?」
「近いかもしれませんね。最近、“暴走ヒーロー”が多くて」
「……あぁ、あれね。“正義のために信号機ぶっ壊した”とか“悪人に見えたから市長を殴った”とか。」
「そうです。正義感に酔った結果、被害者が出る。だから、ブレーキの仕組みを教えるんです」
……なるほど。
つまり俺は、“正義の運転教習所の教官”ってわけか。
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午前の授業。
「“悪を倒す”とは何か」をテーマに、俺は黒板にチョークを走らせる。
「正義は、敵がいないと成立しない。つまり、お前らの活躍は俺ら悪役次第だ。そこ、感謝の気持ちを持て」
「え、感謝……?」
「そう。俺らが悪事やらないと、お前らはニュースに出られない。社会的に言えば、俺たちは“正義産業”の下請けだ」
「下請け……!」
「世の中、悪がいなくなったら正義は失業する。だからこそ、悪役にも最低限の待遇が必要だ――って話を昨日も労基署でした」
「リアルすぎる……!」
笑いが起きる。
でも、その中にいた一人の少年が真剣な顔で聞いていた。
髪を短く刈り上げた青年――名前はカガリ。
彼の目には、まっすぐな“正義”の火があった。
「ブラック・アオトンさん。
でも、“悪”は存在していいんですか? 本当に?」
……あぁ、そう来たか。
教科書どおりの、まっすぐな質問。
俺は少し間を置いて、マスクの奥で笑った。
「いいも悪いも、“必要”なんだよ。
正義が光なら、悪は影。
影がなきゃ、光はただの眩しいノイズだ」
「……ノイズ、ですか」
「そう。人間社会は明るすぎると壊れる。誰かが影を演じなきゃ、目が焼ける」
教室の空気が、少しだけ変わった。
笑ってた連中も、真面目な顔に戻る。
美影が遠くから小さく頷いた。
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昼休み。
食堂でカレーを食ってたら、カガリがトレイを持って隣に座ってきた。
「さっきの話、もう少し聞いていいですか」
「お前、真面目か」
「はい、真面目です」
……素直すぎて逆に怖ぇよ。
「俺、正義のためなら何でもするって思ってたんです。
でも最近、誰を助けたらいいか分からなくなって。
“助け合いアプリ”で順位競って、フォロワー稼いで……なんか違う気がして」
……ああ、やっぱり。
今どきのヒーロー候補ってのは、“いいね”で戦ってるんだよな。
「だから、悪役見て思ったんです。
“ああ、この人、本気で殴られてる”って」
「おい、感動の入り方おかしいだろ」
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午後の訓練。
模擬戦――ヒーロー対悪役。
俺はステージに立ち、カガリが構える。
彼の瞳は真っ直ぐ。手の中には光の剣。
だけど、動きがどこか優しい。
「本気で来い。中途半端な正義ほど、怪我するぞ」
その瞬間、彼は吠えた。
「行きます――!!」
剣がぶつかる。火花が散る。
本気の“正義”と、“演技の悪”が交錯する。
数分後、俺は派手に吹っ飛び、煙の中で倒れた。
――予定どおり。
だけど、その顔には久々に“熱”が宿っていた。
「……悪くない、カガリ。
お前、ちゃんと“止める勇気”持ってる」
「止める勇気……?」
「正義を、止められる正義ってやつだ。」
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訓練後。
美影が小さく拍手をした。
「……やはり、あなたを講師にして正解でしたね」
「俺は悪役だって言っただろ。教育係なんて性に合わん」
「でも、生徒たちが“初めて人間らしい正義”を話し始めました」
……人間らしい正義、ね。
俺はため息をついて、マスクを外した。
「それが長続きするかどうかは、世の中次第だ」
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帰り道。
夕焼けの街を歩きながら、スマホが震えた。
《依頼:新人ヒーロー向けマナー講習(講師:ブラック・アオトン)》
報酬:昼食付き・交通費支給。
「……あー。社会、病んでるな」
でも、どこか笑えてしまった。
この街はまだ“正義を信じたい”んだ。
なら、俺は今日もその影で働く。
「よし、明日も悪役、がんばるか」
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次回:
第7話「ヒーロー試験、カンニング疑惑」
――「いや俺が悪いの!? “模擬悪役”が答案に写ってただけだろ!?」




