第5話 正義のオーディションで、悪役が最終審査に残った件
朝、スマホが震える。
件名:《ヒーロー・オーディション一次審査通過のお知らせ》
「……は?」
寝起きの頭が状況を処理できず、三度見した。
「俺、応募した覚えねぇぞ……?」
本文を読むと、
『あなたの“リアルな演技力”が評価され、ヒーロー選抜オーディション二次審査に招待いたします』
……ああ、またあいつ(=美影)か。
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ヒーロー管理局の白いスタジオに通されると、ヒーロー志望者がずらりと並んでいた。
金髪、筋肉、マント、LED光沢スーツ……目が痛い。
「えー、本日二次審査を担当します、美影ユリ審査官です」
彼女はいつもの冷静な声で進行を始めた。
「ではまず、模擬戦審査に入ります。――あ、ブラック・アオトンさん」
「呼ぶなその名前を! こっち今“民間人”扱いだろ!」
「いえ、今回は“悪役代表”として特別参加です」
周囲のヒーロー志望たちがざわついた。
「え、悪役が?」
「いや、あの人ガチのやつじゃ……」
……うん、すでに空気が地獄。
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「では――開始ッ!」
対戦相手は、いかにもテンプレな熱血系ヒーロー志望。
「俺が正義の炎を見せてやる!」
「……正義、燃やすタイプか」
俺は苦笑しながらスーツを着る。
会場がざわつく。黒と赤の《ブラック・アオトン》が再び登場。
会場の隅で、子どもが「テレビの人だ!」と叫んだ。
(やめてくれ、恥ずかしい)
開始の合図。
相手が叫びながら突っ込んできた。
「喰らえ! フレイム・ジャスティス!!」
拳が燃える。……いや、物理的に。
「マジで火出すなって!!」
避けきれず、スーツの肩が焦げた。
(労災、確定だな……)
だが、ここで“職業悪役”の経験が生きる。
俺はあえて大げさに吹っ飛び、転がり、最後に両手を突き出して叫んだ。
「ぐわあああぁッ! だが覚えておけぇぇ! 正義は――限界があるッ!!」
――会場が、静まった。
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沈黙のあと、美影が口を開いた。
「……すばらしい。“悪役”としてではなく、“人間”としての叫びでした」
「いや、完全にアドリブなんだけど」
「だからこそ、リアルなんです」
あの言葉、前にも聞いた気がする。
――“リアルな悪”が、正義を引き立てる。
皮肉にも、俺の本気の“倒され方”が評価されるらしい。
他の参加者がざわめいた。
「なんで悪役が褒められてるんだよ!」
「俺らより魂こもってるし……」
「てかあの人、本職でしょ……」
……なんか場がどんどん変な方向へ。
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審査結果。
「最終候補に残ったのは――三名です」
ざわざわ。
そして読み上げられる。
「フレイム・ジャスティス志望のフレン。
スカイセイバー志望のユウ。
……そして、ブラック・アオトン」
「いやいやいや! 俺ヒーロー志望してないって!」
会場がどよめく。
記者らしき人が写真を撮ってる。
“悪役、まさかのヒーロー枠入り”
――絶対見出しになるやつだ。
美影が小さく笑う。
「あなたが一番、“正義を理解していた”のかもしれませんね」
「……悪役だからだろ。俺、正義の暴走、嫌というほど見てきたし」
「だからこそ、あなたを試したい」
その目は、まっすぐだった。
――からかいじゃない。たぶん、本気だ。
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夕暮れ。街を歩く。
オーディション会場からのざわめきがまだ耳に残る。
「……ヒーローのオーディションで、悪役が褒められる時代、ね」
スマホが震える。
《依頼:明日、ヒーロー候補生の実戦練習用“悪役講師”お願いします。報酬あり》
俺は小さく吹き出した。
「結局、悪役のままが一番安定か」
でも――
どこか胸の奥で、少しだけ誇らしかった。
誰かの“正義”のために倒れる仕事。
それが、俺にしかできない“もう一つの正義”かもしれない。
ブラック・アオトン、職業・悪役。
次の依頼も、正義のために引き受けよう。
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次回予告:
第6話「悪役、教育係になる」
――ヒーロー志望100人に囲まれて、悪役が説く“正義のマナー講習”。
「お前ら全員、まず“殴る前に謝れ”!」




