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『この世界、悪が足りない。』   作者: よしお


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第38話 悪役、教育番組シーズン2に呼ばれる



――「“今度は優しすぎる悪役として”って、それもう保健の先生じゃん。」



朝。

アクオビ事務所のFAXが、また瀕死の恐竜みたいな声を上げていた。


「センパイ!センパイ!届きました!!」


ミナセが紙を振りながら飛び込んでくる。

こういうときのミナセは、だいたいろくでもない。


「で、今度は誰が倒してくれって?」


「ちがいます!テレビ局です!“正義キッズ!”シーズン2出演依頼です!!」


紙をひったくる。

そこには、丁寧なフォントでこう書かれていた。


《役柄:優しすぎる悪役ブラック・アオトン


「……優しすぎる悪役、って矛盾を貫通してるな。」


「視聴者アンケートで、“アオトンさんの声が落ち着く”って!」


「子ども番組で落ち着く悪役……それ大丈夫か?」


ミナセは満面の笑みだ。

この新人、悪役の未来を軽やかに引きずっていく力だけはある。



スタジオの扉を開けると、眩しさで目が死ぬかと思った。


「……なんだこの光量。太陽でもレンタルしたか?」


制作スタッフが慌ただしく動きながら近づいてくる。


「ブラック・アオトンさん!今回は“心の安全”をテーマにしてまして!

 優しい悪役さんに、子どもたちの悩みを聞いていただく流れで!」


「悪役に悩み相談……?」


「はい!時代ですね!」


いや、時代って何だ。


制服の靴音が聞こえた。

振り返ると、プリズマスターがいつもの丁寧な姿勢で立っていた。


「本日は、どうぞよろしくお願いいたします、ブラック・アオトンさん。」


「おう。相変わらず光量が人権侵害ギリギリだな。」


「子どもが見やすいよう、調整しました!」


「調整でこれかよ。」


天然だが礼儀正しい。

そして、この距離感は心地よい。



収録が始まる。

スタジオの真ん中で子どもたちが座り、その前に立つのが俺とプリズマスター。


司会の子役が元気よく叫んだ。


「今日の先生は〜〜!やさしい悪役さんだよー!」


“先生”って言葉が刺さる。

なんか違う方向に就職してないか俺。


子どもが手を挙げる。


「アオトンさん、けんかしたときどうしたらいい?」


「まず距離を取れ。離れると冷静になる。」


子ども「なるほど!」


スタッフ「(……地味に正しい……)」


プリズマスターが真剣にうなずいた。


「ブラック・アオトンさんの言葉……しみますね。

 僕も、無駄な戦いは避けようと思いました。」


「お前、それヒーローとして大丈夫か?」


「え? いけませんでしたか?」


「いや……まあ……ほどほどにな。」


会話が成立してるんだかズレてるんだか分からない。

だが、この真面目さは嫌いじゃない。



収録後、控室。

ミナセがスマホを見せに来た。


「センパイ!SNSが“アオトン先生”で埋まってます!

 “悪役なのに安心する”って!」


「安心する悪役って、もう悪の概念が溶けてない?」


プリズマスターが静かに差し入れを置いた。


「喉、お疲れかと思って……ハーブティーです。」


「……お前、急に優しさ増量したな?」


「すみません!しかし……今日のアオトンさん、本当に優しくて……。」


「いや、優しさで売るつもりはない。」


「でも、救われる子が多いと思います。」


その言葉は、妙に真っすぐだった。


ミナセがニヤニヤしてくる。


「センパイ、なんか人気者じゃないですか〜?」


「人気って言葉、悪役には似合わないんだよ。」


「でも売れてます。」


「売れる悪役って……もうそれ悪じゃないよな。」


ため息をつくと、ほんの少しだけ笑えてきた。



外に出ると、夕方のスタジオの風が少し涼しい。


“優しすぎる悪役”。

どこの世界にそんな役がある。


いや、この世界か。


俺は空を見上げ、小さくつぶやいた。


「――保健室の先生か悪役か、どっちかにさせてほしいんだけどな。」


スマホが震える。


《次回、悩めるヒーロー相談室コーナー追加決定》


はい来た。

もう役職:悪役(たまに保健室)だ。



次回予告


第39話「悪役、教育番組で“ヒーローより人気”になった件」

――「“悪いほうが推せる”って、どんな時代だよ。」


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