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『この世界、悪が足りない。』   作者: よしお


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第37話 悪役、教育委員会の職員食堂で説教される



――「“カレーに悪のエネルギー入れるな”って、それ普通のスパイスだよ。」



昼どき、教育委員会ビル・地下の職員食堂。

そこに――黒コート姿の悪役と、新人怪人が並んでいた。


「……社長、本当に入っていいんですか?ここ、職員専用って書いてありますよ?」

「昨日、“特別講師”のカード渡されたろ。それがあれば出入り自由だ。」

「うわ、つまり合法的に食堂潜入……悪の正義、ここに極まれり!」

「テンションのベクトルが意味不明だな。」


列の先に貼り紙。

《本日のメニュー:ヒーローカレー》

「ヒーローカレー……名前からして胃に正義が重そうだな。」

「でも社長、匂いすごいです!これ絶対うまいヤツですよ!」



カウンターの奥で、エプロン姿の朝比奈が手を止めた。

「……あら、アオトンさん。」

「どうも。倫理課の食堂出張、お疲れさまです。」

「違います。お昼休憩です。」


「まさか、教育委員会の昼メシが現場倫理で味付けされてるとは。」

「あなたたちこそ、“悪のスパイス”を厨房に持ち込まないでくださいね。」


「いや、ただのクミンです。」

「分析班が“闇属性反応あり”って言ってましたけど?」

「それカレー粉の匂いだよ!!」



食堂の奥では、職員たちがざわついていた。

「ねえ見て、“悪役さんたち”だって。」

「え、あの“教育番組で炎上したけど再評価された”人たち?」

「うわ本物だ……“善すぎる悪”の人!」


ミナセが顔を赤らめた。

「社長、見てください!僕、ちょっと人気出てる!」

「静かにしろ、人気の賞味期限は短いぞ。」

「その言い方、現実的すぎません?」



トレーを持って席につくと、朝比奈が隣に座った。

「……お話、少しだけいいですか?」

「え、まさか正式な説教コース?」

「いえ、指導……いえ、“雑談”です。」


彼女はカレーを一口食べて、言った。

「アオトンさん、あなたの講義で生徒が“正義を疑う勇気”を持った。

 でも同時に、“悪の定義”も揺らいでるんです。」


「ほう、それは教育的成功か、それとも社会的バグか。」

「その“どちらでもある”って返しが、一番厄介なんですよ。」


「悪役ですから。」



ミナセが勢いよく口を挟む。

「でも僕、最近ちょっと思うんです!

 “悪を演じる”って、ただの仕事じゃなくて、世界のクッションなんじゃないかって!」

「クッション?」

「はい!正義が突っ走らないように、ブレーキをかける存在!」


朝比奈は目を見開き、少し笑った。

「あなた、本当に新人ですか?」

「昨日、教育委員会に怒られたばっかです!」

「……伸び代しかないですね。」



食後、アオトンがポケットから領収書を出す。

「経費で落ちますかね?」

「“教育協力悪役”って名目なら、ぎり通ります。」

「うわ、書類上だけ立派な響きだ。」

「そこも教育ですよ、アオトンさん。」


帰り際、朝比奈がふとつぶやいた。

「――あなたたちの“悪”って、ちゃんと優しいですね。」

「うちの社訓です。“悪役にこそ、良心を”ってな。」

「……好きですよ、そういう矛盾。」


ミナセが耳打ちしてくる。

「社長、これ完全にフラグ立ってますよ。」

「立てるな、折れる未来しか見えない。」



夜。

アクオビの冷蔵庫には、なぜか“ヒーローカレー特製レトルト”が三つ。

ミナセが得意げに言う。

「朝比奈さんに“研究用に”って渡されました!」

「……うちは悪の研究所じゃねぇ。」


だけどその夜、

アオトンはそのレトルトを温めて、一口食べてみた。


「……悪くない。いや、ちょっと優しすぎるか。」

でもその“優しさ”が、少し沁みた。



次回予告


第38話「悪役、教育番組シーズン2に呼ばれる」

――「“今度は優しすぎる悪役として”って、それもう保健の先生じゃん。」


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