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『この世界、悪が足りない。』   作者: よしお


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第35話 悪役、心の安全講習でパワポを使う



――「“悪のプレゼン資料”が、ヒーロー業界でバズる日が来るとは。」



「それでは本日のゲスト講師――株式会社アクターズ・オブ・イービル代表、ブラック・アオトン様です!」


拍手が起きる。

壇上に立つのは、黒スーツに赤ライン。

……そして、スクリーンには堂々と映し出されたスライドタイトル。


『ヒーロー業界におけるバーンアウト対策(悪役視点)』


司会者が軽くひきつった笑みを浮かべる。

「えっと……あの、悪役視点とは?」

「倒される側から見た“心の壊れ方”です。」


会場:ざわっ。

……いや、引くな。真面目にやってんだから。



ミナセがノートPCの前で緊張した声を上げる。

「社長、スライド2枚目です!」

「おう。」


スライド②:


『正義のストレス要因:①過剰使命感 ②SNS依存 ③スポンサー圧』


アオトンはレーザーポインタでスクリーンを指しながら言う。

「ヒーローの皆さん。

 “助けること”は目的じゃない。“助け続けられること”が大事です。

 命の燃やし方を間違えると、燃えカスになるだけだ。」


会場が静まる。

前列の若手ヒーローが、うつむいたままメモを取っている。



「次は、悪役側のメンタルケア例を紹介します。」

スライド③:


『悪役流ストレス解消法』

・ヒーローに殴られる前に深呼吸

・爆発シーンは“厄落とし”と思う

・倒されたあとに焼肉行く


笑いが起きる。

でも、どこか救われる笑いだ。


「笑ってもいい。泣いてもいい。

 ただ、“自分を壊すほどの正義”は、やめとけ。

 それ、もう正義じゃないから。」



講習の終盤。

プリズマスターが手を挙げる。

「アオトンさん。……悪役なのに、なんでそんなに優しいんですか?」


「優しい? いや、俺はただ、倒れ方を知ってるだけだ。」

「倒れ方?」

「ああ。ヒーローが立ち上がるための、見本みたいなもんさ。」


プリズマスターは小さく笑って頷いた。

講習室の空気が、少しだけ温かくなった。



講習後。

ミナセがノートPCを閉じながら言う。

「社長、あのスライド……バズってます!」

画面にはトレンド入りの文字。

《#悪役のパワポ》 《#心の安全講習が神回》


「……これ、悪役としてのブランド壊れてねぇか?」

「いえ、むしろ“社会派悪役”として注目度上がってます!」

「もう俺、どこに向かってんだ。」



その夜。

講習アンケートに、一通のコメントが届いていた。


『正義も悪も関係なく、誰かの倒れ方を見て学べる世界って、少し優しいですね。』


アオトンはモニターを見つめ、ぼそりと呟く。

「……悪くねぇ世界だ。」



次回予告


第36話「悪役、ついに教育委員会に呼び出される」

――「“講義内容が真面目すぎる”って、怒られるのそっちかよ。」


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