第29話 悪役、カフェを乗っ取られる
――「正義の方がコーヒー薄いんだよ。」
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朝。
アクオビのオフィスには、書類とインスタントコーヒーの香りが立ちこめていた。
「社長、今日の収録、ヒーロー特番が押して延期だそうです!」
ミナセがスマホを片手に言う。
「ロケ地、ヒーローが多すぎて混乱中って!」
「……正義が渋滞してるな。」
予定が空いた。
つまり――“悪役の休日”だ。
「ミナセ、ちょっと出てくる。
悪役にも、カフェイン補給は必要なんでな。」
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駅裏の路地。
看板のネオンが半分切れてる小さなカフェ《リトル・ドーナツ》。
コーヒーは苦いが、後味はなぜか優しい。
つまり、悪役向き。
カラン、とドアベルが鳴る。
「いらっしゃいま――あ、アオトさん!」
カウンターの奥から顔を出したのは、店長のハルカさん。
元ヒーロー候補で、今は穏やかな笑顔が似合う人だ。
「今日はスーツ姿じゃないんですね。」
「休演日だ。悪も休まなきゃ長持ちしない。」
「じゃあ今日は“カフェに来た一般市民役”ですね。」
「そうとも言う。」
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席に座ってブレンドをすすっていると、ドアがもう一度開いた。
聞き覚えのある声が響く。
「すみません、キャラメルラテ一つ――あれっ、アオトンさん?」
顔を上げると、そこに立っていたのは《プリズマスター》。
教育番組で共演したあの新人ヒーローだ。
「よお、光の使者。今日も正義のラテか?」
「はは、今日は“現実逃避ブレンド”です。撮影終わりでクタクタで。」
「お、現実に戻れる勇気があるだけ偉い。」
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「この前の番組、ほんと勉強になりました。」
プリズマスターは席に腰を下ろす。
「“悪も間違える自由がある”って言葉、ずっと覚えてて。
なんか、あれで少し救われた気がして。」
「……そうか。あれ、アドリブだったんだが。」
「えっ、そうなんですか!?」
「正義が予定調和すぎると眠くなるからな。」
ハルカさんが笑いながらコーヒーを置いた。
「仲いいですね、ヒーローと悪役なのに。」
「まあ、番組で共演してから、妙に縁が続くんだよ。」
「宿敵って、だいたい一番長く付き合うもんですから。」
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ふと見ると、周りの客がスマホを構えている。
どうやらSNSで“悪役とヒーローが同じカフェにいる”と騒がれているらしい。
「アオトンさん、これ……撮られてません?」
「たぶん。ま、悪役の宣伝費だと思えば安いもんだ。」
数分後、ミナセからメッセージが届く。
《社長、トレンド入りです! #悪役とヒーローの休憩時間》
「……もう、俺たちの私生活まで仕事だな。」
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「でも、いいと思いますよ。」
プリズマスターがコーヒーを飲み干して、笑った。
「“正義も悪も、一緒に休める時間”って、なんか優しいじゃないですか。」
「優しさは苦味の中にあるんだよ。」
「え?」
「コーヒーの話だ。……たぶんな。」
カップの底を見つめながら、
アオトはふと、心のどこかが温かくなった気がした。
悪役でも、誰かの心を救えるなら。
それは、ほんの少しの“正義”かもしれない。
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次回予告
第30話「悪役、子ども番組で“正義の父”を演じる」
――「台本より、子どものアドリブの方が怖い件。」




