第3話 ヒーロー審査員にスカウトされた件について
「ブラック・アオトンさん、ですよね?」
控室のドアが開き、黒髪のスーツ女性が現れた。
整った顔立ち、無駄のない動き、ピシッとしたスーツ。
――こういう人はたいてい、めんどくさい案件を持ってくる。
「えっと、もしやクレームですか? 昨日のステージ、火薬多すぎたとか?」
「いえ。あなたを――スカウトしに来ました」
「……スカウト?」
「はい。ヒーロー管理局、審査官の美影ユリと申します。
あなたの“悪役演技”を見て感銘を受けました」
「感銘……? いや、ただ吹っ飛ばされてただけですけど」
「そこがリアルなんです」
……どんな褒め方だよ。
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どうやら、昨日のステージ映像がSNSでバズったらしい。
《あの悪役、倒され方がガチすぎる》
《演技力がリアルすぎて泣いた》
結果――「ヒーロー候補として素質あり」と判断され、こうして勧誘に来たらしい。
「正義側に来る気はありませんか?」
「いや、俺もう職業“悪役”なんで」
「安定した給料と社会保障が付きます」
「……ちょっとだけ、心が動いた」
社会保障の魔力、恐るべし。
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控室でコーヒーを飲みながら、美影は真顔で続ける。
「最近、ヒーロー登録者が過剰で、現場が混乱してるんです。
だから、現場を知っているあなたのような人材が必要で――」
「……つまり、ヒーローの指導係みたいな?」
「そうですね。“ヒーロー教育係”と言ってもいいかも」
「教育係……悪役が?」
「悪役ほど、正義を知っているものです」
……うまいこと言いやがる。
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控室のモニターが点き、街中でヒーロー二人が取っ組み合いしている映像。
ニュース速報が流れる。
『本日午後、ヒーロー同士の衝突が発生。被害者は……歩行者10名』
「……はあ、またか」
「え?」
「ヒーローが増えすぎてるって言っただろ。正義が渋滞してんだよ」
美影は少しだけ黙って、笑った。
「あなた、意外と真面目なんですね」
「いや、世の中がふざけてるだけ」
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その後、控室の廊下で小さなトラブル。
小道具の剣が倒れてスタッフの少女が慌てている。
「危ない! 誰か拾って!」
俺は軽くため息をつき、剣を拾う。
「……ま、俺が悪役やってる間に、ヒーローは戦場で輝くわけか」
こういう“裏方”の価値も、ちょっとだけ胸に刺さる。
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結局、その日はスカウトを断った。
「悪役のままでいいです。俺の仕事、意外と社会に必要なんで」
「……そう。ではまた会うかもしれません」
彼女は静かに去り、残された俺は天井を見上げる。
「ヒーローの時代に、悪役が必要ってのも、皮肉だよな……」
スマホが震える。
《依頼:明日、ヒーロー見習い相手に“模擬悪役”お願いします!》
「……ほらな。需要あるじゃん、悪役」
ブラック・アオトン、本日も安定稼働中。
仮面の下で、俺は少しだけ笑った。
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次回予告:
第4話「ヒーローのクレーム対応って、だいたい怪人がやらされる」
――「すみません、昨日の“倒され方”がリアルすぎて泣いたってクレーム入ってます」




