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『この世界、悪が足りない。』   作者: よしお


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第21話 新人悪役、握手会で泣かれる



「……で、なんで悪役が握手会なんだっけ?」


朝8時、イベント会場の控室。

テーブルの上には謎にカラフルな名札と、

“笑顔で交流しよう!”と書かれた進行表。

どう見てもアイドルイベントである。


「社長、聞いてます?」

ミナセ――じゃなかった、今や正式な“新人悪役”《シャドウ・ミナセ》が、

不安そうにマスクをいじっている。


「聞いてる聞いてる。“ヒーローフェス”のスピンオフ企画だろ。

 “悪役もがんばってるぞ”っていう、あの広報的なやつ。」


「いや、なんか今日、“悪役ファン限定”って書いてあったんですけど……」


「は?」


その瞬間、外のスピーカーから聞こえてきたのは、

――黄色い歓声。


「アオトンさぁぁぁん!!!」

「ミナセちゃぁぁぁん!!!」

「倒され方が尊いって言ったの私ですぅぅぅ!!」


……嫌な予感が確信に変わる音がした。



会場に出た瞬間、空気の密度が変わった。

子どもよりも大人女子の割合が多い。

そしてその全員が、なぜか泣きそうな目でこちらを見ている。


「ブラック・アオトンさん!あの回、リアルすぎて……心が震えました!」

「いつも倒されてくださってありがとうございます!!」

「悪役にも、誇りがあるって……!」


俺は握手しながら、ひたすら頷く。

――いや、何の宗教だこれ。


横を見ると、ミナセが完全に固まっていた。

「えっ、えっ、“もっと罵ってください”って……どうすればいいんですか社長!?」

「知らん、社会が病んでる。」



30分後。

ステージ裏でペットボトルの水を一気飲み。

ミナセが放心状態で言った。


「……悪役って、こんなに感情労働だったんですね。」

「だろ? 俺なんか、今日三人に“尊い”って言われたからな。」

「……倒され方が、ですか?」

「倒され方が。」


沈黙。

どちらともなく笑った。



そこへ、美影(ヒーロー管理局の審査官)が現れる。

「人気、すごいですね。アクオビ、完全にブランド化してますよ。」

「やめてくれ、ブランドとか言うな。こっちは生傷だらけなんだ。」

「でも、人の心を動かす悪役。悪くない響きです。」

「……皮肉だな。正義より悪が人気って。」


美影は少しだけ笑って、

「でも、あなたの“悪役”って、誰も傷つけないですからね。」

と言い残して去っていった。



会場撤収後。

夕焼けが差し込む控室で、ミナセがぽつりと呟く。

「……でも、ちょっと嬉しかったです。悪役でも、誰かの役に立てるんだなって。」


俺は缶コーヒーを開けながら答える。

「危険な兆候だな。

 そのまま行くと、“悪役業界”から抜けられなくなるぞ。」


「え、そんな依存性あるんですか?」

「ある。拍手と“尊い”は、麻薬だ。」


ミナセは吹き出し、俺もつられて笑った。



そして夜。

SNSのトレンドには、こうあった。


《#悪役尊い》《#ブラックアオトン握手会》《#悪の誇り》


……いや、だからそれ、どういう文脈だよ。


でも少しだけ、悪くない気分だった。



次回予告


第22話「悪役研修、まさかのテレビ生放送」

――「打ち合わせにない爆破シーンを追加するな、マジで!」


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