第2話 悪役にも、労災は出るらしい
「アオトさん、今日の脚本届いてます!」
元気なスタッフの少女が、汗だくで台本を差し出してきた。
表紙には大きく、明朝体でこう書かれていた。
『ヒーロー・プリズマスター、悪の陰謀を打ち砕く!』
「プリズマスター……今日の相手か」
「はい! 新人さんですけど、SNSフォロワーがもう十五万人!」
「おぉ……時代だな……」
俺はため息をつき、悪役スーツに袖を通す。
黒地に赤のライン、肩には謎のトゲ。
マスクを被ると視界は狭く、息苦しい。
でも、これが俺の“正義の踏み台”だ。
「……やっぱり毎回、これ着ると気合が入るな」
心の中で軽くつぶやき、鏡に映る自分を見つめる。
――まあ、見た目は完全に“中二病全開”だが。
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ステージにスポットライト。
歓声が巻き上がる。
そして、新人ヒーロー、プリズマスターが颯爽と登場する。
「待て、悪の怪人ブラック・アオトン! この街を脅かす悪は、俺が倒す!」
LEDスーツが光を反射して、目が痛い。
……いや、正直、眩しすぎるだろ。
俺は低い声で唸る。
「ククク……人間どもよ! この街を恐怖で包んでやるのだァァァ!」
(……台本にはないアドリブだけどな)
剣がぶつかる。火花が散る。
本来なら、ここで俺が吹っ飛んで終わりのはずだった。
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「喰らえぇぇぇっ!! プリズマ・インパクトォォッ!!」
ドゴォォォォン!!!
――派手すぎる。
マジで衝撃波が飛んできた。
「うわあああっ!!」
俺は吹き飛ばされ、ステージ裏のテントに激突。
背中が焼けるように痛い。煙が上がる。
子どもたちは大喜びだ。
こっちは完全に“労災案件”だ。
スタッフが駆け寄ってくる。
「ア、アオトさん!? だ、大丈夫ですか!?」
「……だ、大丈夫。軽く……労災、案件だな……」
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控室で湿布を貼りながら、俺は苦笑した。
「ヒーローも新人ラッシュ。怪人も命がけだな……」
その時、スマホが震える。
《依頼:明日もお願いします。リアルで最高でした!》
……リアル、ね。
こっちは命削ってんだよ。
でも、ふっと笑った。
ヒーローが輝くために、悪役が必要。
誰かが殴られる役を、誰かが担わなきゃならない。
「よし、明日も悪役、がんばるか」
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終演後、控室でスタッフたちが片付けをしている。
煙や火薬の匂い、足元の小道具――すべてが今日の戦場の証だ。
「アオトさん、あの吹っ飛ばされ方、本当にリアルでした!」
スタッフの少女が目を輝かせる。
「リアルって……ただ吹っ飛ばされたんだけどな……」
俺は苦笑しつつも、胸の奥にちょっとだけ誇らしい気持ちが湧いた。
――必要とされる悪役、ってのは、悪くない。
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夜の街を歩きながら、俺は考える。
「正義があふれる社会で、悪を演じる意味……」
誰もやりたがらない仕事だから、俺がやる。
それだけで、ちょっと価値があるんじゃないかと。
遠くの街灯の下で、ヒーローたちのスーツが光る。
彼らの笑顔と歓声の裏で、俺は吹っ飛ばされている。
それでも、俺は笑う。
必要とされる悪役として、生きるために。
ブラック・アオトン、今日も任務完了。
仮面の下で、俺は小さく笑った。
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次回予告:
第3話「ヒーロー審査員にスカウトされた件について」
――SNSでバズったリアル悪役演技が、まさかのスカウトに繋がる!?
正義が溢れる街で、悪役の価値が試される。




