第19話 悪役インターン生、初陣で正義を殴る。
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「すみません社長!! ヒーロー殴っちゃいました!!」
朝からこれだ。
開口一番に土下座する新人。
名前はミナセ。十八歳、悪役インターン一年目。
笑顔が爽やかで、悪役にしては眩しすぎる。
「お前さ……“悪役だからって暴力OK”じゃねぇんだぞ」
「だ、だって向こうが先にキックしてきて――!」
「それを避けずに“倒れる”のがプロだ!」
「すみませんッ! 反射的に……!」
……反射でヒーローを殴る新人。末恐ろしい。
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ことの発端は、今朝のステージショウだった。
テーマは「ヒーローと学ぼう!安全な戦い方」。
うち《悪役株式会社(仮)》が演出を担当してたやつだ。
ヒーロー側はC級ライセンスの“エビルナックル”。
SNSフォロワー二万人の新人。
で、悪役担当が――このインターン、ミナセくん。
彼の任務は、“キックを避けて派手に吹っ飛ぶ”ただそれだけ。
……のはずだった。
「避けようとして、つい拳を……」
「つい、でヒーロー吹っ飛ばすな」
「エビルナックルさん、救護室で“演出がリアルだった”って言ってました……」
「演出じゃなくて物理だろ」
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控室。
赤間が資料をめくりながら、苦笑いする。
「いやー、若いっていいっすねぇ社長。勢いが」
「勢いで正義倒したらニュースになるんだよ」
「でも観客、大ウケでしたよ。『悪役の反撃が熱い!』って」
「だから怖いんだよこの国は」
最近のヒーローショウは、“リアリティ重視”がトレンド。
安全マットより本物感、演技より衝突音。
それを支えてるのが俺たち“倒れ屋”だが……時代のスピードが早すぎる。
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昼休み。
事務所のベランダで、缶コーヒー片手にミナセと並んだ。
「……すみませんでした」
「まぁいい。誰だって最初は倒れ方が下手だ」
沈黙。
少しして、ミナセがぽつりと呟いた。
「でも俺……小さい頃からずっとヒーローに憧れてたんです。
でも、試験落ちて。だから“倒される側”ならって」
俺は笑った。
「お前、それ、俺と同じだな」
「え?」
「俺も“正義”やろうとして、向いてなかった。
でも、ヒーローを立たせる悪なら、できる気がした。
勝てないなら、支えりゃいい。」
ミナセが目を見開いた。
「……かっこいいっすね、それ。」
「だろ? まぁ世間的には“負け犬の理屈”だがな」
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午後。
協会から呼び出し。
「今回の“接触事故”について確認を――」と、
出迎えたのは案の定、美影だった。
「アオトさん、インターンの教育、順調のようですね」
「いやいやいや、順調どころか物理的に順調すぎたんだけど」
「エビルナックルさん、『悪役の迫力を見習いたい』と発言していました」
「え、まさか昇格フラグ……?」
「“悪役研修指導者”の候補に挙がっています」
「いらねぇ肩書きNo.1きたな」
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その帰り道。
ミナセが申し訳なさそうに言う。
「社長……次のステージ、チャンスください」
「殴らないって約束できるか?」
「……はい。今度は、ちゃんと倒れます」
翌日、彼は見事に吹っ飛んだ。
派手に、痛々しく、完璧に。
会場の子どもたちが拍手を送っていた。
ヒーローも感動していた。
そして、ミナセは笑っていた。
「……どうでしたか、社長!」
「最高の負けっぷりだった。あれは“プロ”だ」
「ありがとうございますッ!」
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夜。
事務所に戻ると、美影からメールが届いていた。
《インターン第1号、合格です。協会認定・悪役補助ライセンス発行予定。》
俺は笑った。
“悪役補助ライセンス”――言葉の響きが最高に地味だ。
でも、それでいい。
世界を支えるのは、だいたい地味な奴らだ。
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「なぁ社長」
赤間が缶コーヒーを差し出す。
「なんか、悪役って……ちゃんと人育ててるっすね」
「当たり前だろ。倒れ方にも、人生が出るんだ」
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次回予告:
第20話「悪役の表彰式、まさかの壇上トラブル」
――「“感動スピーチ”の予定が、火薬が爆発して全部吹き飛んだ件。」




