第18話 “悪役職業相談”で、泣きながら就活生を励ました件。
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朝。
「すみません、“悪役株式会社”のブースってここで合ってますか?」
体育館みたいな会場に、まだ声変わり途中っぽい若者の声が響いた。
――そう、今日は“ヒーロー・キャリアフェスタ”。
ヒーロー志望、怪人志望、救助員志望……あらゆる「正義職」志望者が集まる、カオスの祭典。
で、なぜかその一角にあるのが俺らのブース。
《悪役株式会社/体験型・模擬戦就業相談コーナー》
ポスターには大きく書かれている。
「倒れ方にも、プロ意識を」
――うん、もうキャッチコピーが哲学。
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受付には、アカマントこと赤間が座っている。
「社長、今日の参加者リストっす。ヒーロー志望が八割、悪役志望が二割……いや、半分は冷やかしですね」
「まぁいい。どんな動機でも、来たやつには全力で向き合う」
俺は黒のスーツに赤のネクタイ。
今日はマスクを外して、“職業人アオト”としてブースに立つ。
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最初の相談者は、ピカピカのスーツを着た男子。
「志望動機……っすか? えっと……ヒーローが好きで、人を守りたくて……でも、実力試験で落ちちゃって」
「ふむ」
「それで……“せめて悪役でもいいかな”って」
俺は少し笑って、ペンを置いた。
「“せめて”か」
「……はい」
「悪役は“せめて”やるもんじゃねぇよ。誇りを持って負けに行くんだ。負け方ひとつで、ヒーローが立つ」
少年がぽかんとして、目を潤ませた。
――あ、泣くやつだ。
「……なんか、負けるのも……かっこいいんすね」
「かっこいいよ。勝つための負けならな」
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二人目の相談者は、ヒーロー科女子。
「正義に憧れてたんです。でも……最近、SNSの炎上とか見て、ちょっと怖くなって」
「うん、わかる。正義って、思ったよりも“燃える”からな」
「……悪役って、叩かれませんか?」
「叩かれる。けど、立ち上がる。叩かれても立てるのが、“悪”の仕事だ」
彼女は少し笑って、頷いた。
「……なんか、悪役のほうが優しい気がしますね」
「そうだろ? 俺ら、痛みの受け方だけはプロだから」
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昼休み。
ブースの机には、相談カードが山積みになっていた。
“ヒーローに向いてないかもしれない人”たちが、こっそり悪役ブースに集まってきていた。
迷って、悩んで、でも「誰かの役に立ちたい」と言う目をしていた。
赤間が缶コーヒーを渡してくる。
「社長……今日、全員泣かせてますよ」
「泣かせる気はねぇよ。
でも、正義だけがヒーローじゃねぇって、誰かが言わなきゃな」
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夕方。
最後の相談者は、あの最初の少年だった。
「……俺、悪役、やってみたいです」
「本気か?」
「はい。ヒーロー落ちたけど、“立たせる側”になれるなら、それでもいいです」
俺は立ち上がって、右手を差し出した。
「ようこそ。今日からお前は、“負けのプロ”の見習いだ」
少年の手は、震えてたけど、ちゃんと握り返してきた。
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夜。
撤収作業をしていると、美影が現れた。
「素敵なブースでしたね」
「また裏で何か仕掛けたか?」
「ええ、来月“悪役インターン制度”を立ち上げます」
「やっぱりか」
「……でも、アオトさん」
「ん?」
「今日、泣いてた学生たち、みんな前を向いてましたよ。あなた、ヒーロー教育より効いてます」
「俺は教えた覚えねぇよ。倒れ方を見せただけだ」
「それが教育ですよ」
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帰り道。
夜風の中、イベントホールの看板が見える。
《ヒーロー・キャリアフェスタ202X》
その下に、貼り紙が残っていた。
「悪役相談コーナー、満員御礼」
……笑っちまうだろ。
どいつもこいつも、“悪”に救われやがって。
でも――それがこの時代の、いちばん正しい“正義”かもしれない。
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次回予告:
第19話「悪役インターン生、初陣で正義を殴る」
――「“倒れ方教わったんで、今度は殴られ方お願いします!”って元気すぎるだろお前!」




