第15話 悪役株式会社、正義保険に加入する。
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朝、通勤電車の中で俺は思った。
「悪役がスーツ姿で満員電車って、いよいよ世も末だな」
――そう。俺、アオト(ブラック・アオトン)
今日から晴れて、**悪役株式会社(仮)**の代表取締役だ。
悪役専門のスタント・パフォーマンス会社。
名前はまたそのうちちゃんと決めよう。
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「おはようございます社長!」
元・怪人仲間のアカマント(本名:赤間)が、なぜかスーツで敬礼してきた。
「今日の案件、ヒーロー協会さんから来てます!」
「またか……うちはもう協力会社じゃねえか」
机の上には、分厚い契約書の山。
『模擬戦演出請負契約書』
『ヒーロー訓練補助業務』
そして――『対ヒーロー心理研修 講師依頼書』
「……完全に、正義側の下請け会社だな」
「でも、健康保険入りましたよ!」
「悪役が社会保障受けてんの、ギャグにもほどがある」
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昼。
俺と赤間は、ヒーロー協会本部へ打ち合わせに向かった。
応接室のドアを開けると、美影がいた。
やっぱりいた。絶対いると思ってた。
「アオトさん、会社設立おめでとうございます」
「おう、ありがとう。皮肉じゃないよな?」
「半分はそうです」
テーブルの上には契約書と……謎のパンフレット。
《ヒーロー安心プラン・悪役特約付き》
「……いや待て。悪役特約って何だよ」
「ヒーローに倒された場合、入院費が協会負担になります」
「……完璧に労災だな」
「その代わり、“悪役としての演出義務”が発生します」
「つまり、倒れ方までマニュアル化されたのか……」
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協会ビルを出ると、街頭スクリーンにニュースが流れていた。
《正義戦闘による通行止め、今月12件目》
《ヒーロー民間化、現場の混乱続く》
「……正義も、だんだん“仕事”になってきたな」
赤間がぼそりと言う。
「社長、俺たちって何なんすかね。悪でもなく、正義でもなく」
「“負けるプロ”だよ」
「……かっこいいようで、かっこよくないっすね」
「そうだな。けど、誰かがやらなきゃいけねぇ仕事だ」
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夜。
事務所のネオンが初めて点いた。
《ACTORS OF EVIL INC.》
看板の下には、手書きのサブタイトルが貼られている。
──「悪を演じて、世界を支える」
赤間が缶コーヒーを差し出した。
「社長、これからどうします?」
「とりあえず、請求書の書き方覚える」
スマホが震えた。
《依頼:明日、ヒーロー保険研修で“リアル倒され役”お願いします。報酬:交通費別途支給》
「……あー、もう。現場復帰早いな、社長業」
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その夜、書類にサインしながら思った。
悪役ってのは、ただの敵じゃない。
ヒーロー社会の“影の整備士”だ。
――倒されることで、正義が立つ。
――悪がいなくても、誰かは悪にされる。
だったら、せめてその悪はプロでありたい。
「よし。明日も元気に倒されるか」
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次回予告:
第16話「正義の監査、悪役の税務調査」
――「経費でヒーロー吹っ飛ばしたら、税理士が真顔になった件」




