第12話 ヒーロー学校の非常勤講師になった件について
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「――えー、本日から非常勤講師として着任する、悪い方です!」
「って、おい紹介雑ッ!!」
体育館に響く拍手(と、ざわめき)。
生徒全員、ヒーロー志望。
教師ひとり、悪役。
開幕からカオスである。
「……えーと。初日から言っとくけど、俺は悪役だ。正義の味方じゃない。
だから“倒し方”じゃなくて、“倒され方”を教える」
「倒され方!?」
「そう。ヒーローってのは、“倒す相手”がいて初めて成り立つ職業だからな」
生徒たちがざわつく。
そりゃそうだ、悪役に授業されるなんて、普通の教育課程にはない。
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休み時間。
廊下を歩いていると、背後から声がした。
「先生、マジで“ブラック・アオトン”なんですか?」
振り返ると、背が高く目つきの鋭い男子。
腕章には「ヒーロー候補・特待生」――天野レイ。
「うわ、フォロワー20万のやつだ。生で見たの初めて」
「なんでそんな驚かれ方するんですか先生」
「いや、こっちはネットで毎日倒されてたからさ。お互い有名税だろ」
レイは少し笑って、それから真顔に戻った。
「でも、なんで悪役が先生に?」
「聞きたいか?」
「……はい」
「“正義”が増えすぎたから、だよ」
一瞬、空気が凍る。
冗談でも皮肉でもなく、ただの事実。
レイは返す言葉を失っていた。
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午後の実技訓練。
俺は防御用スーツを着て、グラウンド中央に立つ。
「さあ、ヒーロー候補たち! 今日のお題は、“倒してはいけない悪役”だ!」
「え、それもう矛盾してません!?」
「そういう現場、いくらでもあるんだよ。悪に見えても、守ってるヤツがいる。
ヒーローは“殴る前に考える”訓練しとけ」
生徒たちが目を丸くする。
その中で、レイだけが一歩前に出た。
「先生、俺が相手します」
「ほぉ、来たな看板生徒」
「本物のヒーローなら、悪役にも手加減しない」
「……言うじゃねぇか。じゃあ、倒してみろよ」
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数秒後――
「ちょっ、マジで速っ!?!? ストップストップ!!」
ドゴォォォンッ!!!
俺はグラウンドに突き刺さった。
砂煙。静寂。
そして、生徒たちのどよめき。
「先生ぇぇぇ!!!」
「……っぐ。……これ……労災……申請できるかな……」
「ご、ごめんなさい先生! 本気でやるって言ったけど……!」
「いいって。ちゃんと“躊躇せず正義を出せる”のは才能だ。
ただ、もうちょっと加減を覚えろ。現場の悪役、骨折多いんだよ」
レイは笑って、頭をかいた。
「じゃあ、加減の練習、次からお願いします」
「……おい、それもう完全に続編フラグだろ」
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授業後、美影がやってきた。
教員室のドアをノックし、俺の机に資料を置く。
「生徒の評価、好評でしたよ。特に“倒され方が美しい”って」
「それ褒め言葉なのか……?」
「ええ。いまや悪役も芸術ですから」
「芸術て……。いや、まぁ、ちょっと楽しいけどな」
「ですよね」
美影が笑った。その笑顔は、珍しく柔らかかった。
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その夜。
帰り道の空を見上げながら、俺はぼそりと呟く。
「ヒーロー学校で悪役講師……どんな時代だよ」
でも、悪くない。
“倒される側”から見える景色には、まだ救いがある気がした。
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次回予告:
第13話「ヒーロー候補生、SNS炎上事件。」
――「『悪役に教わってる時点で終わってる』ってコメント、誰が書いたんだよ。」




