第11話「悪役、ちょっと休む」
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「……あー。筋肉痛が正義を名乗り出してる」
ベッドの上で、俺は呻いた。
昨日、暴走AIを止めたせいで、体中がギシギシいう。
ニュースはまだ騒いでるらしいけど、正直、もう見たくもない。
「だって俺、今“死亡扱い”だからな」
テレビではキャスターが真面目な顔で語っていた。
《暴走事件の真相はいまだ不明。
現場に現れた“謎の悪役”は、消息を絶ったままです――》
「……謎の悪役て。あの、普通に住民票ありますけど」
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ピンポーン。
チャイムの音がした。
ドアを開けると、そこにいたのは――美影。
スーツ姿、相変わらず無駄に完璧。
でも今日は、ほんの少しだけ疲れた顔をしていた。
「アオトさん。……生きててよかったです」
「悪役はしぶといんですよ。税金対策で」
「それ、どういう意味ですか」
「悪役って基本、経費多いんです」
美影はため息をついて、紙袋を差し出した。
「差し入れです。胃に優しいスープ」
「おお、助かる。最近、正義と一緒に内臓も燃えたんで」
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二人で並んでスープをすする。
静かな午後。
窓の外には、再び平和を取り戻した街の光。
ただ、その“平和”がどこか薄っぺらく見えるのは気のせいじゃない。
「……ヒーローたちは?」
「負傷者は多いですが、命に別状は。今後は制度の見直しが入ると思います」
「そっか」
「あなたの名前は、公式記録から削除されました」
「まあ、“生きてる悪役”なんて、物語的に都合悪いもんな」
美影は笑わず、ただ黙ってコップを置いた。
「でも、私は覚えています。あなたが“悪役として救った”って」
「……そういうの、ずるいって知ってる?」
「知ってます」
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そのあと、美影は“地上の管理職”に戻ると言って帰っていった。
玄関を閉めたあと、部屋の静けさが一気に戻る。
ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。
何も変わってないようで、何かが確かに終わった気がした。
「正義も悪も、休暇は必要だよな」
スマホが震える。
《依頼:明日、子どもたちのイベントで悪役出演希望》
……ほんと、俺が休ませてもらえない世界だ。
「ま、いっか。今度は“優しく倒される怪人”ってやつで手を打とう」
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夜。
静かな街の灯りを見下ろしながら、
俺は壊れたマスクを棚に飾った。
焦げたままのそれが、妙に誇らしく見える。
「……また必要になったら、呼べよ。悪役ってのは、いつだって裏方だからな」
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次回予告:
第12話「ヒーロー学校の非常勤講師になった件について」
――「生徒全員ヒーロー志望。教師ひとり悪役。バランス崩壊の授業、開幕。」




