第10話 悪役、帰還する。
午前8時。
久々に地上に出た。
地下支部の湿った空気に慣れすぎて、太陽がまぶしい。
「……世界、光りすぎだろ。あと眩しすぎる正義もな」
コーヒーを一口。苦い。
どうやら今日も、正義は過剰摂取中らしい。
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ニュースがざわついていた。
《ヒーロー管理局、本部機能停止》
《原因はAI制御ミス。現場ヒーロー全員、暴走の危険性あり》
……嫌な予感しかしない。
「やっぱりな、正義を自動運転にしたら、ハンドル握るやつがいなくなるんだよ」
その時、端末が震えた。
送信者――美影。
《アオトさん、地上が持ちません。助けてください。》
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管理局本部。
燃えていた。
ヒーローたちはAI指示を失い、仲間同士で戦っている。
まるで、正義が自分自身に殴りかかっているみたいだ。
「……バカども、止まれっつの」
俺はマントを翻し、戦場の中心へ。
その姿を見て、ヒーロー数人が動きを止めた。
「な、なんで悪役がここに……!?」
「本物か? ブラック・アオトン!?」
「どーも。社会的には死亡扱いの悪役です。再就職の面接に来ました」
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爆炎の中で、AI制御のセイヴァーユニットが暴走していた。
正義の象徴――だったはずの兵器。
だが、今はヒーローも市民も区別なく攻撃している。
「AIに任せた“正義”がこれかよ。……笑えねぇな」
美影が駆け寄ってくる。
「制御コードが壊れてます。誰かが意図的に――」
「つまり、“悪”が手を貸してるわけか」
「はい。でも、止められるのも“悪”かもしれません」
「……いいセリフ言うな。脚本書いてる?」
「あなたです!」
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俺は手首のデバイスを起動。
地下で開発した“フェイク悪役システム”を同期させる。
セイヴァーユニットが俺を敵認識し、照準を合わせた。
「よし。これで俺が本当の“悪”だ」
ビームが飛ぶ。
それをギリでかわしながら、仲間の元ヒーローたちが動き出す。
リナが叫ぶ。
「アオトさん、まだ間に合います!」
「間に合うかどうかじゃねぇ、“止める”んだよ」
俺はAIの中枢に突っ込み、手動でコアを破壊した。
轟音。
そして、沈黙。
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煙の中で、立ち上がるヒーローたち。
誰も喋らなかった。
ただ一人、美影が俺に歩み寄り、微笑んだ。
「……ありがとう。悪役さん」
「礼を言うなら、爆風でコーヒー吹いた俺の胃袋に言え」
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ニュース速報が流れた。
《暴走事件、謎の悪役が終結》
《正義を救った“ブラック・アオトン”、消息不明》
SNSでは賛否両論だった。
「悪役なのにカッコいい」
「正義よりマシ」
「ヒーローより人間的」
……笑わせるな。
俺はただ、“誰も壊したくなかっただけ”だ。
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夜。
瓦礫の上、壊れたマスクを拾う。
黒く焦げたそれを、そっと胸に押し当てる。
「……やっぱり俺は悪役でいい。
正義の穴を埋めるのが、俺の仕事だ」
美影の声が風に混ざった。
「また、地下で会いましょう」
「……了解。悪役は、地下で育つ」
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次回:
第11話「悪役、ちょっと休む。」
――「正義を救ったあとに、有給は出るんだろうか。」




