第1話 ヒーローだらけの街で、俺は“悪役”を買って出た
「……また増えてるな。」
スマホを開けば、ランキングの上位は今日も“新人ヒーロー”の名前で埋まっている。
《救助成功率98%》《フォロワー10万人突破》《正義ポイントウィークリー1位》。
……もうアイドルか。いや、正義アイドルだ。
隣でバイト仲間のヤマダがため息をつく。
「昨日も横断歩道で旗振ってただけのやつがBランクに昇格してたぞ」
「ま、平和でいいじゃん?」
「いや、平和っていうか……過剰供給すぎるだろ……」
レジ横のモニターでニュースキャスターが報じる。
『本日もヒーローによる過剰防衛が発生――一般人を怪人と誤認、周囲を巻き込む騒ぎに……』
「……あーあ、またか」
誰もがヒーローを名乗り、誰も悪役をやりたがらない。
街は正義で渋滞していた。
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「やっぱり、俺が悪役を続けるしかないな」
怪人がいない世界では、“悪役”は希少種。
希少職に就き、生活する――それが俺の日常。
「職業:自営業(※悪役)(元•本物の怪人)」
イベント出演、SNS出演依頼、子ども向けショー、時には会社のPRイベントまで。
代わりに殴られることも吹っ飛ばされることもある。
本物の怪人をやっていた事もある。
あの頃と比べると、たいした事などない。
誰かが必要とする“悪”なら、悪くない。
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コンビニ休憩室。
「なあアオト、お前さ、なんでわざわざ怪人役なんかやってるんだよ」
「需要があるからだろ。今、街で一番足りてない職種だぞ?」
「いや、そういう話じゃ……」
――その瞬間、スマホが震えた。
《依頼:明日15時 ステージショウ“正義の祭典”にて悪役出演希望》
「……ほら、来た」
俺はスマホを掲げ、少し得意げに笑う。
ヤマダは呆れ顔。
「……殴られるだけで、仕事になるんだな」
「そう、仕事だ。痛みもギャラのうちってやつさ」
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帰り道、街の中心にある広場を通る。
子どもたちがヒーローショーを見上げ、歓声を上げる。
ステージ上では、新人ヒーローたちがキラキラのスーツでポーズを決めている。
「すげえ……正義過多だな……」
俺は悪役用の黒と赤のスーツを肩に掛け、横目で観察する。
ヒーローたちは完璧な笑顔だが、誰も汗まみれで吹っ飛ぶ役はやりたがらない。
――だから俺がやる。
代わりに殴られ、代わりに吹っ飛ぶ。
皮肉だけど、街は確かに平和だ。
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途中、路地裏で酔っ払いが暴れていた。
「ヒーローはいねぇのかよー!」
俺は軽くため息をつき、スーツを装着。
「……よし、悪役の力を見せてやるか」
手を出す前に、酔っ払いは自滅。
ヒーロー不在でも、少しだけ正義を体現した気分になる。
「……ま、これも仕事のうちか」
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部屋に帰ると、窓の外は街灯が整然と並ぶ夜景。
ヒーローたちのパトロールは、どこかで誰かを守っている。
俺はソファに沈み、スーツを脱ぐ。
「でも、誰も悪役やりたがらないんだよな……」
頭の中でヤマダの声が響く。
「それでいいんじゃない? 悪役って、やっぱ危ないしな」
危ないのは確かだ。
でも、誰もやらないなら、俺がやるしかない。
少し孤独だけど、仕事には誇りがある。
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翌朝、街は朝日で輝き、ヒーローたちは今日もパトロール中。
子どもたちが手を振る。
俺はスーツを肩に掛け、気合いを入れる。
今日も一日、ヒーローたちに殴られる準備完了。
それでも、胸の奥で誇らしい気持ちが少しだけ膨らむ。
「必要とされる悪役、それが俺の仕事。さ、今日もやるか」
ブラック・アオトン、今日も稼働中。
仮面の下で、俺は小さく笑った。
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次回予告:
第2話「悪役にも、労災は出るらしい」
――新人ヒーローに本気で吹っ飛ばされるブラック・アオトン。
命削っても、正義のために笑う男の物語、ここに続く。




