表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生逆行王女の終活 〜悪の王女は二度目の人生で贖罪を選ぶ〜  作者: はな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/79

最終話、選んだ先の未来へ



「エリザベス、準備はいいか?」

「……はい。お兄様」


 静かに名を呼ばれ、私は顔を上げた。

 お兄様は一歩こちらへ近づき、確かめるようにまっすぐ私を見る。

 その眼差しは、王としてではなく、ただの兄としての優しさを湛えていた。


 やがて小さくうなずくと、先に歩き出す。

 その背を見送りながら、私はそっとドレスの裾に触れ、乱れがないかを確かめた。

 指先がわずかに震えているのに気づき、胸の奥で深く息を吸い込む。


 ──大丈夫。


 そう自分に言い聞かせるように、もう一度、静かに息を吐いた。


「エリー、大丈夫だ。自信をもって」


 背後から落ちてきた低く穏やかな声に、思わず肩の力が抜けた。

 振り向けば、サイラス様が変わらぬ静かな眼差しでこちらを見ている。

 その視線だけで、胸の奥の不安が少し軽くなる気がした。


「……姫さん、おろおろしすぎじゃない?」


 間髪入れずに届いた軽い声に、今度は小さく眉を寄せる。

 ヴォルは腕を組み、どこか呆れたように肩をすくめていた。


「……仕方ないじゃない。人前……ましてや国民の前に立つのは、初めてなのよ。ありがとうございます、サイラス様」


 言い返しながらも、頬がわずかに熱くなるのを感じる。

 緊張していることを見抜かれているのが、少しだけ悔しい。


 けれど、こうしていつも通りに軽口を叩いてくれることが、どれほどありがたいかも分かっていた。


 胸の奥で張りつめていたものが、ほんの少し緩む。

 静かに息を整える。

 今日という日を、私は一人で迎えるわけではないのだから。


 過去を消すことはできない。

 罪も、後悔も、選べなかった道も、すべて消えはしない。

 それでも──私は歩く。

 終わりのためではなく、未来を選ぶために。


 ──そう、今日はお兄様の戴冠式だ。


 このあと、バルコニーに立ち、新たな国王として国民の前に姿を現す。

 その隣に、王女として私も立つことになる。

 これまで陰に守られてきた私が、初めてこの国の光の下へ出る日だった。


 あのレグナートへの“道場破り”のような騒動から、もう一か月が経つ。


 クーデター後の混乱は完全に収まったわけではない。

 政務は山のように積み上がり、城内にはいまだ慌ただしさが残っている。

 それでも今日という日を迎えられたのは、多くの人が眠る時間を削り、汗を流し、守り抜いてくれたからだ。


 ようやく──本当にようやく、お兄様は王冠を戴く。


 そして私は、その隣に立つ。


 ◇◇◇


 あのあと──


 私とサイラス様は、転移魔法で王宮へと戻っていた。


 夜の空気は思いのほか冷たく、静かに頬を撫でていく。

 つい先ほどまで張り詰めていた玉座の間の空気が嘘のように、回廊には穏やかな静寂が満ちていた。

 燭台の灯りだけが揺れ、石床に長い影を落としている。


 サイラス様は、何も言わなかった。


 けれど、その沈黙は拒絶ではなかった。

 隣を歩く気配は決して遠のかず、むしろ離れまいとするように、私の外套の端をほんのわずかに指先で掴んでいる。


 強く引くわけでもない。

 ただそこにいると確かめるような、控えめで、不器用な触れ方だった。


 胸の奥が、そっと温かくなる。


 言葉よりも、その小さな仕草の方がずっと雄弁だった。


 婚約者とはいえ、夜も更けていたが、結局私たちは王宮内にある私の私室へと向かった。

 お兄様が与えてくれたその部屋で、ようやく腰を落ち着け、サイラス様の口から話を聞くことになったのだ。


 前回──私が処刑された件について。


 その裏で糸を引いていたのは、レグナート殿下だったという。

 ミリアをお兄様方に近づけさせ、私を孤立させる土壌を整えていったのだと、サイラス様は静かに告げた。


「……アレックス殿下が」


 その名を口にしても、胸はざわつかなかった。


 私に執着していたのだと聞かされても、正直なところ実感はない。

 面識があったとは思えない。


 先ほどサイラス様が剣を向けていた青年の姿を思い返すも、記憶に残っているのは、淡く光る黄色の瞳だけだった。


 その視線は、何かを求めるように一瞬だけエリザベスの背を追い──

 やがて、静かに影の奥へ沈んだ。


 玉座の間の影の奥で、俯いたまま立ち尽くす人影が見えた気がした。

 だがそれは、すぐに闇に溶けていった。


 まだお祖父様が国を治めておられた頃、諸外国の同年代の王侯貴族が一堂に会したことがあった。

 あのとき、どこかで顔を合わせていたのだろうか。

 幼かった私は、ほとんど覚えていない。


 それでも──


「今回も、あいつは同じことをする」


 サイラス様は、事実だけを淡々と並べた。

 怒りも憎しみも滲ませず、ただ冷静に。


「だから、先に斬るつもりだった」


 その言葉が落ちた瞬間、ようやく視線が重なる。

 逃げ場のない、まっすぐな瞳だった。


「国のためじゃない。正義のためでもない」


 そう前置きして、サイラス様は小さく息を吐いた。

 その横顔には迷いも昂りもなく、ただ決意だけが静かに沈んでいる。


「エリーを失う未来を、もう一度見るくらいなら、俺は……迷わない」


 声が、わずかに低くなる。


 それは激しい誓いではなかった。

 叫びでもない。


 ただ、胸の奥底からすくい上げた本音を、そのまま差し出すような告白だった。


 彼は縋らない。

 許しも求めない。

 自分の選択が正しいとも言わない。


 ただ──それでも自分はそうするのだと、静かに示しているだけだった。


 その不器用な誠実さが、胸を締めつける。

 私はゆっくりと一歩踏み出し、彼の前に立った。


「あなたは、私の不幸を背負う人ではありません。

 あなたは──私が生きたいと思った理由で、私が隣に立ちたいと願った人です」


 その瞬間、彼の瞳がわずかに揺れた。

 それはほんの小さな動揺だったが、それだけでどれほど長いあいだ、自分を責め続けてきたのかが分かる。


「あなたが剣を取ったのは、私を生かすためでしょう」


 私は一歩、距離を詰めた。

 逃げ道を与えないためではなく、逃げなくていいのだと伝えるために。


「それを、私は否定しません。……でも、あなたが一人で背負う未来は選びません」


 胸の奥が熱を帯びる。

 けれど、涙は零れなかった。

 ここで泣くのは違うと、どこかで分かっていた。


 息を呑む気配が、すぐ近くで止まる。


「あなたが罪を抱えるのなら、私も知った上で隣に立つ」


 それは同情でもなく、赦しでもない。

 彼の痛みを軽くするための言葉ではなく、私自身の選択だ。


「あなたが選んだ道を、私は一緒に歩きます」


 守られるだけの存在ではないと決めた日から、ずっと──私は、あなたの隣に立つと決めている。


 言葉が尽きたあと、部屋には静かな間が落ちた。


 重苦しい沈黙ではない。

 ただ、お互いの呼吸だけが確かにそこにあると分かる、澄んだ時間だった。


 やがて迷いを振り切るように、けれど急ぐことなく、確かめるように彼の手がゆっくりと持ち上がる。


 その腕は、今度こそ途中で止まらなかった。

 そっと背に回され、私は静かに包み込まれる。


 強く抱き寄せるわけでもない。

 ただ、拒まないぬくもりがそこにあった。

 触れているだけで分かる──彼はまだ、自分を赦してはいないのだと。


「俺がいなければ、エリーは辛い思いも、寂しい思いも、悲しい思いも……しなかったかもしれない」


 低く落ちる声に、胸が痛む。

 それは違う、と言葉が喉元まで込み上げた。

 けれど私が口を開くより早く、彼はわずかに息を吸って言った。


「……それでも、俺は──エリーの隣にいたい」


 飾りも、言い訳もない。

 ただ剥き出しの本音。


 それだけだった。


 私はそっと、彼の胸元に額を預けた。


 規則正しく打つ鼓動が、耳元で静かに響く。

 その音を確かめるように目を閉じる。


「……ええ」


 静かに告げると、自然と笑みがこぼれた。

 彼がどれほど迷い、それでも隣に立とうとしてくれたのか──それは言葉にしなくても分かっていた。


「だから、あなたの隣にいます」


 選ばされたのではない。

 同情でも、義務でもない。


 私が、自分で決めて立っている場所。


 それが、私の答えだった。



◇◇◇



 私との話を終えたあと、サイラス様はそのままお兄様のもとへ向かった。


 私は少し距離を置き、回廊の柱の陰からそっと様子を見守る。

 割って入るつもりはなかった。

 ただ、見届けるべきだと思ったのだ。


 朝の光が差し込み、長い回廊を淡く染めている。

 その中で向き合う二人の姿は、どこか静かで、張り詰めていた。


「……無事か」

「……ああ」


 低く抑えられた声が、わずかに響く。

 返されたのは短い一言。

 それ以上を語るつもりはないのだと分かるほど、簡潔だった。


 それきり言葉は途切れるが、沈黙は重くない。

 互いの無事を確かめ、それ以上を問わないという選択が、そこにはあった。


 やがてお兄様が静かに息を吐く。

 その吐息に、張り詰めていたものがわずかにほどけた気がした。


「理由は聞かない。聞けば、お前はまた一人で抱える……昔からそうだ」


 わずかに、お兄様の口元が歪む。

 サイラス様の拳が、わずかに握られる。


「……すまない」

「謝るな。ただ──いなくなるなら、俺の見えないところで勝手に死ぬな。お前が戻らなかったら、俺は一生後悔した」


 短い沈黙が続いたあと、不意にお兄様が手を伸ばした。


 胸ぐらを掴んだかと思えば、そのまま強く引き寄せる。

 次の瞬間、二人の距離はなくなっていた。


 荒々しい動作とは裏腹に、それは紛れもなく抱擁だった。


「……馬鹿野郎」


 低く押し殺した声が、わずかに震える。

 叱責の形をしていながら、その実、滲んでいるのは安堵だった。


 サイラス様は一瞬だけ戸惑い、それから遅れて腕を背に回す。


「……悪かった」


 それだけを、静かに落とした。

 余計な言葉はなかった。

 言い訳も、事情の説明もない。

 ただ、その一言にすべてが込められているようだった。


 私は思わず息を呑む。

 お兄様の瞳の奥に、光が滲んでいるのが見えてしまったからだ。

 それはただ一人の友として浮かべたものだった。


 胸の奥が、じんわりと温かく満ちていく。


 そのとき、少し離れた場所で控えていたヴォルと、ふと目が合った。


 騒ぎに加わるでもなく、壁にもたれたままこちらを見ている。

 その表情はいつも通り気怠げで、けれどどこか柔らかかった。


 やがて彼は、わずかに口元だけを動かす。

 声にはならない、それでもはっきりと分かる形で。


 ──おかえり。


 胸の奥が、静かにほどける。

 私は小さく頷き返した。


 ようやく、すべてが元の場所へ戻った。

 いや──選び直して、ここへ辿り着いたのだと。



 ◇◇◇



「──エリー、そろそろだ」


 サイラス様の声に、はっと我に返る。


 目の前の大きな扉はすでに開かれており、その向こうには抜けるような青空が広がっていた。

 遠くには連なる山並みが見え、その麓から絶え間ない歓声が波のように押し寄せてくる。


 まぶしい陽光の中で、お兄様が振り返った。


 王冠を戴きながらも、その表情は今だけは国王のものではない。

 その仮面を外したただの兄の顔で、私へと手を差し伸べる。


「来い、エリザベス」


 柔らかく、それでいて揺るぎない声だった。

 背後から、もう一つの声が重なる。


「いってらっしゃい。姫さん」


 振り向かなくても分かる。

 あのときと同じ調子で、けれどどこか誇らしげに、ヴォルが笑っているのだ。


 この世界が小説の中だと知り、そして回帰したあの日。

 残された人生は、ただ贖罪のために使おう──そう思ったことが、すべての始まりだった。


 けれど、辿り着いた未来は、物語に記された筋書きとはまるで違っている。


 聖女と言われていたミリアはもういない。

 アレックスもまた、今回の一件が明るみに出たことで廃嫡となり、王家の名を失ったと聞いた。


 本来なら、まだ始まってすらいなかったはずの物語。

 その結末は、すでに大きく書き換えられている。


 それでも──


 私はもう、誰かが用意した運命をなぞるつもりはない。


 選ぶのは、私だ。


 開かれた扉の向こうから、歓声がひときわ大きく湧き上がった。


「エリー……行こう」


 隣で、サイラス様が静かに名を呼ぶ。

 その声音には、迷いも不安もなく、ただ並び立つ覚悟だけが滲んでいた。


 私は小さく頷く。


 王女として。

 彼の婚約者として。


 ──そして何より、自分の意志でここに立つ者として。


 ここまでの道のりを思う。

 過去も、罪も、選び直した未来も、すべて抱えたまま、それでも前へ進むと決めた。


 きっと私は、ひとりではここまで来られなかった。


 隣に立つ人がいて、手を差し伸べてくれる人がいて、叱り、笑い、信じてくれる人がいる。


 だから、進める。


 扉の向こうには、光が満ちていた。

 私は一歩、未来へ踏み出す。


 あの日、終わりのために生きようと思った。

 けれど今は──生きるために、明日を選ぶ。


 私の隣には、いつもこの人がいる。

 ──それだけで、未来は、やさしく続いていく。


 その先にある景色を、私はまだ知らない。

 それでも私は──歩いていく。






 最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 物語はここで幕を下ろしますが、エリザベスたちの未来は、きっとこの先も続いていきます。

 応援してくださったすべての方に、心から感謝を。

 ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ