表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生逆行王女の終活 〜悪の王女は二度目の人生で贖罪を選ぶ〜  作者: はな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/79

70、白銀の罪と、ひとひらの光



「──サイラス様」


 アレックスの視線が、ほんの一瞬だけ揺れた。

 白い光の中に立つ少女の姿を認めたとき、奥底で渇くような色が滲む。

 だがそれはすぐに、歪んだ執着の熱に塗り潰された。


 その声は、刃が空を裂く寸前に届いた。


 澄んだ響きが、張り詰めていた空気を震わせる。

 鈴の音のように透明で、けれど確かに彼の名を呼んでいた。


 時間が、止まったように感じた。


 振り下ろされるはずだった剣は空中で静止し、呼吸もまた胸の奥で凍りつく。

 心臓だけが、痛いほど強く脈打った。


 聞き間違えるはずがない。


 どれほど遠くにあっても、どれほど小さく囁かれても、決して間違えない声。


 ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは──


「……エリー」


 白い光の中に立つ少女の姿が、はっきりと視界に映る。

 喉がひくりと震え、声にならない。


 どうして、ここに──


 思考が追いつくより先に、胸の奥が強く揺れた。


 無事であることは知っていたはずなのに、こうして自分の目で確かめた瞬間、張り詰めていた何かがほどける。


 そして同時に、理解する。


 来てしまったのだ。

 自分のいる、この場所に。


 その事実が、凍りついていた心の奥に、微かな温度を落とす。


 だが、その安堵は次の瞬間、冷水を浴びせられたように凍りついた。


 見られた──


 自分が何をしようとしていたのかを。

 王太子を斬ろうと、刃を振り上げた姿を。


 守るためだとしても、選んだのは殺すという手段だ。

 その事実を、彼女の瞳に映してしまった。


 胸の奥が、ひどく冷える。


「……どうして、ここに」


 絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。

 これまで一度も震えなかったはずの声が、わずかに弱さを帯びている。


 エリザベスは答えず、ただまっすぐにこちらを見つめていた。


 迷いのない瞳だった。


 責める色も、怯える色もない。

 ただ、決意だけを宿している。


 やがて彼女は、ゆっくりと唇を開く。


「あなたを迎えに来ました」


 静かなその言葉で、胸の奥で張り詰めていたものが、静かに水底へ沈んでいく感覚があった。


 胸の奥で固く凍りついていた決意に、細いひびが入る。

 サイラスの喉がわずかに震えた。

 けれど、涙は落ちない。

 落とす資格はないと、まだどこかで思っている。


 それでも──確かに、胸の奥の深い場所が救われた。


 もう二度と会えないと覚悟していた。


 この手は血に染まり、王太子を斬った裏切り者として国を追われるはずだった。

 彼女の隣に立つ資格など、自ら捨てるつもりだった。


 そうなる未来しか、残っていないと思っていた。


 なのに──


 どうしてあなたは、迎えに来たと言うのか。

 どうして、こんな自分を。


 刃を振り上げたままの男を。

 罪を背負おうとしている男を。


 それでも彼女は、まっすぐだった。


 揺らがない瞳で、迷いなくこちらを見つめている。


 その視線は残酷なほど優しく、胸の奥に静かに沈んでいった──



 ◇◇◇



「……行ってくるわ」


 ヴォルにそう言ったときにはもう、静かに光に包まれていた。


 掌の中にあるブローチが、鼓動に合わせるように淡く脈打ち、内側から滲むような輝きを放っていた。

 まるで、誰かの呼びかけに応えるように優しい光だった。


 いつの間にか転移魔法が展開されていた。

 自分の意思が先だったのか、それともこの光に導かれる方が先だったのかは分からない。


 ただ──行かなければ、と思った。


 光がゆっくりと収束し、空間には冷えた空気が漂う中、頬に夜の気配が触れた。


 視線を上げた先にいたのは──


 白銀の剣を振り上げたまま、誰かに刃を向けようとしているサイラス様の姿だった。


 胸が、わずかに跳ねる。

 でもそれは恐怖ではなかった。


 何をしているのかと問いかけるよりも先に、別の感情が静かに強く満ちていく。


 ──会えた。……やっと、会えた。


 その事実だけが、胸の奥を優しく満たしていった。

 そして気づけば、声がこぼれていた。


「──サイラス様」


 呼んでしまった。

 その声は、意識して出したものではなかった。


 胸の奥から自然に溢れ落ちたように、静かに、確かに彼の名を呼んでいた。


 その瞬間、振り下ろされかけていた白銀の剣が、空中で静かに止まるのが見えた。


 時間そのものが、ふっと呼吸を止めたような感覚が広がる。


 ゆっくりと振り返る白銀の人影。


 燭台の淡い光を受けて、静寂の中にその横顔が静かに浮かび上がった。


「……エリー」


 喉の奥が、きゅっと締まる。


 ──ああ、本当にサイラス様だ。


 無事だった。

 会えた。


 それだけで胸がいっぱいになって、他のことはどうでもよくなりそうだった。


 目の前で剣を構えていたことも。

 誰かに刃を向けていたことも。


 何よりも今、ここにいることがただ嬉しかった。


 ──私は、あなたに会いに来たのだから。


 その瞳と視線が重なった、その一瞬だけ。

 胸の奥で、何かが小さく揺れた気がした。


 本当にわずかな、微かな動きだった。

 だがそれはすぐに意識の奥へ押し込まれる。


 まるで最初から存在しなかった感情であるかのように、静かに、そして確実に封じ込める。


 それでも──胸の奥は、ひどく締めつけられていた。


 ああ、見てしまったのだ。


 サイラス様が、剣を振り上げていた理由を。


 誰かを守ろうとしていたのかもしれない。

 そう思うことはできる。


 それでも──


 刃を選んだその姿を、私は確かにこの目で見てしまった。


 サイラス様は、静かだった。


 怒りも、悲しみも、戸惑いも。

 どの感情も表に出さないまま、ただまっすぐに私を見つめている。


 けれど──


 その沈黙の奥には、何かが深く静かに沈んでいるような気配があった。


 まるで光の届かない水底に、一人取り残されているかのような、静かな孤独。


 彼がそのままそこに立っている姿を見て、胸の奥がわずかに締めつけられる。


 やがて、サイラス様が低く掠れた声を溢した。


「……どうして、ここに」


 普段は決して揺らぐことのない声が、ほんのわずかに弱さを帯びているように聞こえた。


 私は、小さく息を吸った。

 恐怖は、不思議なくらいなかった。


 胸の奥にあったのは怯えではなく、静かで揺るがない確信だった。


 この人は、私を傷つけたいから剣を振り上げたのではない。

 そう、どこかで分かっていた。


 だから──まっすぐに、言葉を告げる。


「あなたを迎えに来ました」


 その言葉は、救いでも赦しでもなく。

 ただ、彼の隣に立つという選択だった。


 祈りでも、命令でもない。

 ただ、自分がそうしたかったから。


 あなたがどんな場所にいても。

 あなたがどんな選択をしても。


 それでも私は、あなたのところへ来ると決めていた。


「サイラス様」


 もう一度、名前を呼ぶ。


 その声は、静まり返った空間に、ひとひらの光のように柔らかく溶けていった──





読んでいただきありがとうございます!


あと2話で完結予定です。

明日、最終話を含めて2話投稿予定ですが、掲載時間は前後する可能性があります。

夕方頃の投稿になると思いますので、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ