62、再会と微かな違和感
ウェルザンからは、途中転移魔法陣も使いながら、ゆっくりと王都へ戻ってきた。
ヴォルはいつもと変わらない様子で私を支えてくれる。
だが、サイラス様は──気遣いながらも、どこか以前とは違う距離感を保っている。
その微かな違いに、胸の奥が知らず知らずざわめくのを感じた。
そして馬車が王城へと近づく途中、回帰前に処刑された噴水広場を通り過ぎた。
マイザーへ向かうときは、何も感じなかったはずなのに、石畳が視界に入った瞬間、胸の奥がひやりと冷える。
あの日の張り詰めた空気と、逃げ場のない恐怖が、静かに足元から這い上がってくるようだった。
目を閉じれば、あのときの光景が蘇る。
ふと視線を落とすと、膝の上に置いた手がわずかに震えていた。
──ああ、そうか。
私は、平気だったわけではないのだ。
あのときはただ、生き延びることで精一杯だった。
逃げることに必死で、感じる余裕すらなかっただけだ。
指先が無意識に喉元へ触れる。
そこには何もない。
それでも、処刑台の上で震えていた自分の感触だけは確かに覚えている。
──けれど、今の私はあの頃とは違う。
胸の奥がわずかにざわめいても、涙はこぼれなかった。
絶望を越え、私は自分の足でここへ戻ってきたのだと、静かに言い聞かせる。
そうしているうちに、馬車は王城の裏門をくぐっていた。
車輪が止まると同時に、胸の奥が不思議なほど凪ぐ。
先ほどまでのざわめきが、嘘のように静まっていった。
扉が開き、光が差し込む。
眩しさに目を細めたその先に立つ影を見て、息が止まった。
誰もいない帰還になるはずだった。
けれど、石畳の中央に立つその姿を見間違えるはずがない。
すでに王としての威厳を纏い、まっすぐにこちらを見つめる人。
今や国王陛下。そして──私のお兄様。
胸が強く脈打つ。
差し出された手に、ほとんど反射のように指を重ねる。
誰の手だったのか、そのときの私は確かめることもなかった。
石畳に足をつけた瞬間、胸の奥に押し込めていた感情が一気に溢れ出す。
嬉しさと安堵。
それに混ざる、言葉にできない寂しさ。
理性が追いつくより先に、身体が動いていた。
「……お兄様……」
名前を呼んだ途端、張り詰めていた何かがほどける。
王女としての矜持も、覚悟も、その一瞬だけ遠のき、ただ兄のもとへと足が向かう。
あの頃と同じように。
胸に触れた温もりが、凍えていた心の奥までじんわりと広がった。
「……無事で、よかった……」
掠れた声に、彼の肩がわずかに震える。
次の瞬間、背に腕が回された。
強すぎず、それでも確かな力で抱きしめられる。 その一瞬だけ、そこにいたのは王ではなく、兄だった。
ああ、本当に戻ってきたのだと、胸の奥で小さく確かめる。
やがてゆっくりと身体が離れ、視線が合う。
「おかえり、エリザベス──」
低く響く声に、胸が詰まり、思わず一歩下がる。
けれど、背筋は自然と伸びていた。
「……戻りました、陛下」
本当は違う言葉を言いたい。
それでも今は、それでいい。
お兄様はわずかに目を和らげ、短く告げた。
「よく帰った」
その言葉とともに、胸の奥に張りつめていたものが、静かにほどけていく。
ようやく──私は帰ってきたのだ。
◇◇◇
エリザベスと再会し言葉を交わしたあと、彼はふと視線を上げた。
意識したわけではない。
ただ、長い習慣のように、自然と一人の姿を探していた。
馬車のステップの横に、その男はいた。
いつもと同じ位置。
エリザベスの少し後ろに控え、変わらぬ距離を保って立っている。
姿勢も、表情も、何一つ違わないはずだった。
それでもほんの一瞬、視線が交わる。
その目に宿るものを見たとき、胸の奥にごく小さな違和感が落ちた。
安堵ではない。
張りつめた警戒でもない。
もっと静かな──何かを覚悟しているかのような、遠い眼差し。
理屈ではなかった。
長い年月を共に過ごした者だけが感じ取れる、微かな違和感。
言葉では表せない、心の奥の温度のずれ。
ジークハルトは、その静かな異変に気づいていた。
問いかければ答えるだろうか──いや、答えは返ってこないだろうと、胸の奥で確かめるだけだった。
「……ここでは落ち着かないな。行こう」
王としての声音に戻り、ゆっくりと歩き出す。
エリザベスはその後ろを静かに追う。
彼女はまだ、何も知らない。
けれどジークハルトの目には、確かな違和感が映っていた。
馬車のステップの横に立つあの男──サイラス。
その視線、微かな距離感、変わらぬ姿勢の奥に、何か決めた者の意思が潜んでいる。
──あの男は、何かを決めている。
ジークハルトは言葉を発さず、ただ胸の奥で微かな違和感を確かめる。
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