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転生逆行王女の終活 〜悪の王女は二度目の人生で贖罪を選ぶ〜  作者: はな


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57、風の中の知らせ



 王都へ向かう極秘書簡は、夜明け前に出立した。


 夜と朝の境目。

 冷えた空気の中を、早馬が音もなく駆けていく。


 文面は簡潔だった。


 ──ある人物の動向を探れ。


 余計な言葉はひとつもない。

 説明も、推測も、感情も記していない。


 封蝋に印を押した瞬間、わずかに残っていた迷いが消えた。


 帳簿の片隅に残された意匠。

 途切れぬ資金の流れ。

 あまりに整いすぎた構図。


 どれも決定打にはならない。


 だが──疑いを抱いた時点で放置はできない。


 グレイキャットを使ったほうが早いかもしれない。

 だがこれは、王都と隣国の問題だ。

 私怨でヴォルを、巻き込むわけにはいかない。


 それに──これは俺が負うべき責任だ。


 守れなかった過去がある。


 あの光景は、今もまぶたの裏に焼きついて離れない。

 伸ばしたはずの手は届かず、名を呼ぶ声も、ただ空へ溶けていった。


 同じ過ちを、二度と繰り返すつもりはない。


 ならば──今度こそ。


 たとえ、この手が汚れようと構わない。

 正義と呼ばれなくてもいい。


 彼女には、まだ言わない。

 これは俺の領分だ。


 あの人は、光の中にいるべきだ。

 世界がどうなろうと、それだけは譲れない。


 疑念も、策謀も、血の匂いも知らずに、ただまっすぐ前を向いていればいい。


 そのためなら──


 夜に沈む役目は、俺が引き受ける。


 静まり返った執務室で、サイラスはゆっくりと息を吐いた。

 窓の向こう、空はわずかに白み始めている。


 だがその光は、まだ彼には届かない。



 ◇◇◇



 目が覚めた瞬間、胸の奥にひやりとした感覚が残っていた。


 理由は分からないけれど、どこか落ち着かない。


 身支度を整え、居間の扉を開けると、香ばしい匂いがふわりと鼻をくすぐった。


 テーブルの上にはすでに朝食が並んでおり、湯気がまだ柔らかく揺れている。


 そしてその向こうにサイラス様が立っていた。


「おはようございます、サイラス様」

「……おはよう、エリー」


 視線が合い、ほんのわずかな間が落ちる。

 その告げる声は穏やかで、言葉遣いもいつもと変わらない。

 それなのにどこかほんの少しだけ、響きの端が硬いような気がした。


 椅子を引く音が、やけに大きく耳に残る。

 向かいに腰を下ろす仕草も、距離も、いつもと変わらないはずなのになぜか言葉が続かない。


 必要なことは交わせるのに、その先が見つからない。

 静かな沈黙だけが食卓のあいだに落ちた。


 目が合えば、彼はいつもより少しだけ早く視線を逸らす。それだけの違い。


 きっと、私の思い過ごし。

 そう言い聞かせながらも、胸の奥がわずかに軋むのを止められなかった。


 昨夜、祭りの灯りの中にいなかったことを思い出す。

 あの賑わいの中で、ほんの一瞬だけ。

 ──足りない、と感じたことを。


 ……サイラス様に、何かあったのだろうか。


 忙しいだけかもしれない。

 私が知らないところで、また何かを背負っているだけかもしれない。


 けれどその理由を尋ねることができず、その違和感を抱えたまま日々は過ぎていく。


 サイラス様は、以前にも増して忙しくなった。

 王都からの書簡が絶え間なく届き、夜遅くまで報告の声が執務室の灯りとともに続く。


 私は私で、復興に追われる日々だ。


 同じ屋敷にいながら、すれ違う時間ばかりが増えていく。


 朝は既に出立したあと。

 夜は、私が戻る頃には灯りだけが残っている。


 顔を合わせない日が、少しずつ当たり前になっていった。


 すれ違うとききちんと挨拶はするが、それだけだ。


 手を伸ばせば届く距離にいたはずなのに。

 いつの間にか、その背を追いかけることもできない状況になっていた。


 ◇◇◇


 復興は、静かな戦いだった。


 港は一時閉鎖され、荷は滞り、商人たちは忙しなく走り回っていた。

 桟橋には応急処置の跡が残り、倉庫の整理もまだ追いつかない。

 それでも、人の声は絶えなかった。


 港町である以上、流通が止まれば街はすぐに干上がる。


 だが、誰一人として諦めなかった。


 かつて海賊と呼ばれた者たちは、今や堂々と人々の前に立ち、瓦礫を運び、物資を分け、子どもたちの笑い声を取り戻していった。


 怪我人の手当てに追われる日もあれば、港に入る最初の船を迎えるために夜通し灯りを絶やさぬ日もあった。


 忙しさは、考える時間を奪っていく。

 それでも、ふとした瞬間に思い出してしまう。


 朝の廊下で、振り返らなかった背中。

 視線は合うのに、言葉はどこか噛み合わない。


 交わされる報告は簡潔で、無駄がなく、どこまでも冷静で──けれど、そこには触れられない距離があった。


 まるで、最初からどこかに見えない線を引くと決めているかのようだった。


 踏み込ませないための距離。

 越えさせないための境界。


 ──気のせい。


 そう思おうとするたびに、胸の奥が小さく軋む。 小さな違和感だけが、消えずに残った。


 けれど、街は待ってくれない。

 救われた人々の生活は、この瞬間にも確かに続いている。


 立ち止まっている暇はない。

 迷うくらいなら手を動かす──それが、今の私にできる唯一のことだった。


 そして──


 気づけばウェルザンにきて4ヶ月ほど経っていた。

 港に、最初の大型船が入った日の夕刻。

 ベッドの中で目を閉じると、疲れと安堵がゆっくり体を包み込み、知らぬ間に眠りに落ちていた。


 夜は明け、窓の向こうにはいつもより静かな朝が広がっている。


 扉を開けると、そこにヴォルとサイラス様がいた。

 いつもとどこか、空気が違う。


「……何かあったの?」


 沈黙が、ほんの一拍だけ落ちる。

 ヴォルがわずかに視線を逸らし、その隣でサイラス様が静かに口を開いた。


「王都で、動きがあった。……昨夜──終わった」

「え?」


 そこで告げられたのは、思いもよらないことだった。


 ──予想もしなかった知らせ。

 答えはまだ、風の中に揺れている。


読んでいただきありがとうございます!

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