51、共犯
今日は建国記念日ですね。
お休みの時間に読みに来てくださってありがとうございます。
胸の奥に沈んだ痛みを、そっと押し込める。
怒りも、悔しさも──いまは抱えたままでいい。
立ち止まっている時間だけは、もう残されていなかった。
感情に足を取られている場合じゃない。
必要なのは、涙でも叫びでもなく──証拠だ。
私は顔を上げ、男たちを見渡した。
「……協力してください」
静かな声だったが、自分でも驚くほど迷いがなかった。
──証拠がいる。
それだけは、はっきりしていた。
今まで黙っていた義賊の男が声を上げた。
「協力ってのは何をすればいい?」
「証拠を集めてください。どんな些細なものでも」
「あいつは貴族だ。噂や証言だけじゃ絶対に潰せねぇ」
「帳簿でも奪うか?」
「屋敷は兵だらけだぞ」
口々に出る案は、どれも決め手に欠けた。
正面突破も潜入も現実的じゃない。
そもそも証拠の在り処すら掴めていない。
行き詰まりかけた空気が、じわじわと部屋を重くする。
「証拠、か……」
中央の男が腕を組んだ。
「ある程度は掴んでる。だが表に出せる代物じゃねぇ。下手に動けば、こっちが消される」
消される。
その言葉の重みは、冗談じゃないとすぐに分かった。
きっと今までも、そうやって仲間を失ってきたのだろう。
だから彼らは踏み込めない。
その間にも、フェルカだけが笑っている。
……それじゃ、終われない。
「だから、一緒にやるんです」
気づけば口が動き、視線が一斉に集まる。
「あなた方は“裏”を知っている。私たちは“表”を動かせる」
王女としての力なんて、今はない。
けれど、私は一人じゃない。
お兄様もいる。
サイラス様もいる。
ヴォルもいる。
「どちらかだけでは届かない。でも、両方あれば──届きます」
しばしの沈黙ののち、中央の男が小さく笑った。
「……嬢ちゃん、ただの町娘にしちゃ肝が据わりすぎだろ」
「……放っておけないだけです」
小さく笑ってごまかした。
本当の理由なんて、言えるはずがない。
けれど、もう見過ごす気はなかった。
「なら、現実的な話をしよう」
わずかに緩んだ空気を切るように、静かな声が落ちた。
いつの間にかサイラス様が机に地図を広げている。
港の区画、倉庫街、別邸、屋敷。
地図にはすでに要所ごとに印が打たれている。
「……もう調べていたんですか」
「着いた日の夜から、少し見て回っていてね」
まるで散歩の話でもするみたいな口調だった。
けれどその指先は迷いなく地図を走り、拠点と動線を次々と示していく。
「フェルカの密輸品はこの第三倉庫に一度集められる。帳簿は屋敷ではなく、別邸地下の金庫。屋敷は囮だ。兵の数が多すぎる」
「な……なんでそこまで分かる?」
「出入りの時間、人員の動き、船の積み荷量。三日あれば、十分だ」
さらりと言ってのける。
なのに、その目だけは少しも迷っていなかった。
中央の男の視線が私とサイラス様の間を往復し、ふっと笑った。
「なるほどな……裏の道案内は俺たち。頭脳はあんたら。役割分担ってわけだ……断る理由、ねぇな」
気づけば、周りの男たちも静かに頷いていた。
「どうせ最初からフェルカとは殺し合いだ」
「だったら勝てる側につく」
「利用できるもんは利用しねぇとな」
軽い調子の声が重なる。
けれど、その目に迷いはなかった。
中央の男が、静かに手を差し出しかけて──ふと止まる。
「……そういや、まだ名も聞いてなかったな。嬢ちゃん、なんて呼べばいい」
一瞬だけ胸がちくりと痛んだが、その名は胸にしまったまま、私はいつも通り微笑んだ。
「……サラよ」
「サラ、か。俺はガイだ。こいつらのまとめ役やってる」
「ガイさん」
「さんはいらねぇ。共犯に敬語は、気色悪い」
男は胸を親指で叩いて小さく頷くと、周囲からくつくつと笑いが広がり、張り詰めていた空気がほどけた。
そのまま、彼は手を差し出す
「……協力してやるよ、サラ」
「ありがとうございます」
「礼はいらねぇ。──今日から俺たちは共犯だ」
その手を、私はしっかり握り返した。
──共犯。
正義でも、理屈でもない。
ただ同じ敵を倒すための、覚悟の証だった。
……それでいい。十分だ。
迷いはもうない。
「で、どう動く。時間はかけられねぇぞ」
サイラス様が地図を広げ、すでに書き込まれていた印を指でなぞる。
「倉庫はここから徒歩十分。夜なら警備は最小。裏手の水路から侵入できる。鍵は──」
「開いてる。さっき細工しといた」
いつの間にか、ヴォルが壁にもたれていた。
……最初からそこにいたみたいに。
気配がなさすぎて、そこに立っているのが不自然なくらいだ。
「帳簿を押さえ、人身売買と偽造借用書の証拠を確保する。それを王都に持ち込めば、フェルカはもう言い逃れできない」
そう言い切ったサイラス様の横顔は、ひどく静かだった。
淡々と、感情を乗せず、ただ盤上の駒を動かすみたいに──フェルカを追い詰める道筋だけを組み立てていく。
まるで最初から──“消す”前提で、組み立てているみたいに。
その冷たさに胸がかすかにざわつくけれど、不思議と怖くはなかった。
ただ──この人が隣にいるなら、間違えない。
そんな確信だけが、静かに残った。
私は地図の一点に指を置いた。
「では、始めましょう」
もう、止まらない。
フェルカ伯爵を──この街を食い物にしてきた男を、終わらせるために。




