49、同じ痛みを知る者たち
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男たちの警戒は、いつの間にか薄れていた。
「……とりあえず、立ち話もなんだ。中入れ」
案内された倉庫の中は、思ったより整っていた。
武器よりも、食料や薬草の箱の方が多い。
本当に“海賊”の拠点とは思えない。
義賊たちは互いに視線を交わし、中央に立つ男は顎に手を当てて考え込む。
怒りというより、戸惑いに近い沈黙だった。
「……あんた、さっき“可能性”って言ったな」
男がこちらを見る。
「俺たちが、嵌められてるって話だ。だが俺たちは、誰かに罪を被せられるようなことをした覚えはねぇ」
低い声に滲むのは苛立ちではなく困惑で、私は一度息を整えた。
「王都に上がっている報告では、あなた方は“海賊”です。借金を盾に人を縛り、子供を攫い、魔力枯渇事件にも関与している、と」
「……は?」
一瞬、場の空気が凍りつき、誰かが素の声でそう漏らした。
「ふざけんな」
「子供攫いだと?」
「俺たちが?」
怒気が一斉に立ち上る。
だがそれは、獲物を前にした殺気ではない──理不尽を突きつけられた者の怒りだった。
「借用書も、印も……すべて、あなた方のものとして使われています」
隣でサイラス様が借用書を確かめ、何かに気づいたように目を細めた。
「……なるほどな。俺たちの名前を使えば、全部“海賊の仕業”で片付くってわけか」
男はため息をつき、拳を握り締めたまま目を閉じ、短く鼻で笑った。
怒りを噛み殺すような、乾いた笑いだった。
「……随分と、便利な悪役だな。俺たちは」
男はしばらく黙り込んだあと、こちらをまっすぐ見据えた。
「……で? そんな話をしに来たってことは、あんたら王都の調査団か? それとも、俺たちを捕まえに来た騎士様か」
数人が武器に手を添え、疑いと警戒がじわりと戻る。
立場を考えれば、怪しまれて当然だった。
「違います」
「じゃあ、何者だ」
一歩、踏み込むような問いと、値踏みするような視線が向けられる。
敵意はない。
ただ、“理由”を求められているだけだ。
私は一瞬、言葉に詰まった。
本当は冷静に説明するつもりだったのに──
最初に浮かんだのは、理屈じゃなかった。
「私は……ここの街で、ひとりの子供に会いました」
自分でも驚くほど、静かな声がこぼれた。
その一言に、男たちの何人かがぴくりと反応する。
「……どんな子だ?」
「最初は、何か……違和感があって。魔力の気配がほとんどなくて、体が弱っているように見えたんです。だから気になって、会いに行って、話を聞きました」
言葉が、ほんの一拍だけ途切れた。
「その子の名前は、レオンと言いました」
「……レオンって、あの子か?」
先ほどまでの警戒した空気とは違う、困惑した声が漏れる。
「……喧嘩をして家を出たと言っていました。でも……帰ったら誰もいなくて、お母さんがいなくなったのは、自分が悪い子だからだと思い込んでいました」
私は小さく視線を落とす。
「……唯一残っていたのは、母親の手紙だと思い込んでいた……その紙だけでした」
「その“手紙”って……これか?」
ひとりが借用書の印を指差す。
つられて、全員の視線がそこへ集まった。
「それが、母親からの手紙だと……信じていました」
迎えに来てくれると疑いもしなかった、あの笑顔と目が浮かぶ。
助けられると、間に合うと、私は信じていた。
「でも……私が会った時には、もう……あの子の魔力は、ほとんど残っていなくて」
もっと早く気づけたはずだった。
もっと早く動けたはずだった。
声が、うまく出ない。
それでも、言わなければならなかった。
「……守れる力が、あったのに……助けられませんでした」
そのとき、隣でぎり、と骨の鳴る音がした。
ヴォルが拳を握り締めている。
誰も言葉を発さず、静寂だけが落ちた。
「レオンは……ずっと母親を待っていたの。ずっと“母さんからの手紙”だって信じて……だから……借用書の印を追って、ここに来たんです」
男たちの表情が、警戒から戸惑いへと変わる。
そして──ひとりの男が、低く呟いた。
「……待て。その子、レオンって言ったな」
確かめるような口調だった。
断定じゃない。ただ、記憶を手繰り寄せるみたいな。
「魔力の気配が薄くて、体が弱ってた……そう言ったな」
私が頷くと、男は小さく息を吐いた。
「やっぱり、あの子かもしれねぇ」
周囲の男たちが、静かに顔を見合わせる。
「……母親の方なら、覚えてる。何度か、薬と食料を届けたことがある。真面目な女だった。無茶もせず、ただ子供のために働いてた」
言葉が、少しずつ重くなる。
「ある日、急に姿を消した。高利貸しと揉めてたって噂は聞いたが……連中に連れていかれたって話も、後から回ってきた」
年配の男は、拳をゆっくり握り締めた。
「子供がいるって聞いて、探したさ。守るつもりだったから」
悔しさを噛み殺すように、歯を食いしばる。
「だが……神殿の動きが、早すぎた。気づいた時には、もう孤児院に連れていかれた後だった」
倉庫の空気が、重く沈む。
「神殿に入った子には、俺たちは手を出せねぇ。それが、街の暗黙の線だ」
それは弁解ではなく、報告のようだった。
「……だからその子がどうなったのかまでは、正直知らなかった」
男は、ゆっくりと顔を上げる。
「──亡くなった、って話を聞くまではな」
誰かが、短く息を呑んだ。
「母親を待ってた、ってのも……手紙を、大事にしてたってのも……」
そこで、男は口を閉ざした。
「……そんなことになってるとは、思わなかった」
拳が、ぎり、と鳴った。
それは怒りよりも、悔しさの音だった。
「……守れたはずだった。間に合っていれば」
誰に向けた言葉かは、分からない。
けれど、その悔しさは──
私の胸にあるものと、同じ形をしていた。
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