48、海賊と呼ばれた者たち
本日2話目です。
その日のうちに、お兄様は王都へ向かった。
気づいたときには、もう姿はなかった。
……少しだけ、胸が痛む。
けれど、立ち止まってはいられない。
私は──あの人の妹なのだから。
決意を新たに、二人に声をかけて顔をあげる。
「……行きましょう。私たちも、やるべきことを」
ヴォルとサイラス様が静かに頷いた。
◇◇◇
レオンの件から三日。
私たちは借用書の出所を辿り、また港や商人たちの動きを見て回っていた。
いくつもの噂と噛み合うように、ひとつの名前が何度も浮かび上がってきていた──フェルカ伯爵。
ただ、噂が重なるだけでは確証にはならない。
だが同じ名が、複数の異なる筋から出てくるのは偶然とも思えなかった。
それでも、確証はまだない。
まずは目の前の手がかりから潰すしかない。
借用書に刻まれていた印──“海賊”と呼ばれる者たちの根城へ向かった。
──そして今、ウェルザン郊外。
報告にあった“海賊”の根城は、森を抜けた先の廃倉庫だった。
見張りがいて武装もしている。
けれど。
「……思ったより、物騒じゃないね」
小声でヴォルが呟いたそのとき。
がさり、と足元で枝が鳴った。
「──っ」
反射的に息を止める。
倉庫の影から、武装した男がひとりこちらへ歩いてくる。
あと数歩踏み出せば、見つかるほど近い距離だった。
ヴォルが無言で短剣に手をかけ、サイラス様の気配が鋭く沈んだ。
戦闘になる──そう思った瞬間。
「……ちっ、また子供ら勝手に森入ってやがる。迷子になったらどうすんだ……」
男はぼやきながら、別方向へ歩いていった。
怒っているようで、声色はどこか心配そうだった。
私たちは顔を見合わせた。
……追っている様子はない。ただ、子供を探しているだけに見えた。
「……海賊、なのよね?ここ」
思わず疑問が口から溢れた。
「そのはず。……でも、もっと殺気立ってるかと思ったんだけど」
確かにそうだった。
空気が違う。
悪党のアジトにしては、妙に静かすぎる。
怒号も、酒盛りの騒ぎもない。
代わりに聞こえてくるのは──
「……ありがとう、兄ちゃん」
「いいってことよ。転ぶなよ」
子供の声に思わず足を止めた。
物陰から覗くと、粗末な服の少年に男が袋を渡していた。
袋の口からは保存食が覗いていた。
「今日の分だ。妹と分けろ」
「うん!」
少年は何度も頭を下げ、駆けていった。
するとヴォルが間の抜けた声を出した。
「…………は?え、今の何?悪党の会話?」
私も同じ気持ちだった。
違和感が、胸に引っかかる。
さらに奥へ進むと、今度は怪我人がいた。
腕に包帯を巻いた老人に、別の男が薬と食事を渡している。
「代金はいらない。まず食え。話はそれからだ」
「しかし……借金をしてる身で……」
「生きて返せりゃそれでいいんだよ」
そう言って、男は借用書を無造作に懐へ押し込んだ。
まるで最初から、請求する気などないみたいに。
男は、困ったように笑った。
とても、“海賊”の顔には見えない。
……おかしい。
少なくとも、奪う側の目ではなかった。
サイラス様も同じ結論に至ったらしい。
私と同じ場所を見て、同じ違和感を掴んだ目だった。
「……妙だな」
「でしょ?」
ヴォルが眉をひそめる。
「うーん……場所、間違えた?」
「いや、ここで合っている」
借用書の印も、報告書にあった紋章も、港の搬入記録も──すべて一致している。
それでも、目の前の光景だけが、その事実と噛み合わなかった。
「……借用書のやり方と、合わない」
「合わない?」
「借金で縛って人を攫う組織が、食料を配る必要はない」
冷静に、ひとつずつ整理していく。
「恐怖で支配する側が、感謝される行動を取る理由がない」
「…………」
「つまり、ここは“加害者側”じゃない」
サイラス様は視線を上げて断言した。
そのとき。
「──そこまでだ」
背後から低い声が聞こえた。
振り返ると、数人に囲まれていた。
武器は向けられているが、殺気は薄い。
「何者だ」
中央に立っていた男が、低く問いかける。
年の頃は三十前後だろうか。
無数の古傷が刻まれた体は歴戦の兵士そのものなのに、不思議と目だけは濁っていない。
真っ直ぐで、揺るがない視線だった。
私は小さく息を吸い、一歩前に出る。
背後で、サイラス様がわずかに位置をずらす気配がした。
ヴォルも無言で、いつでも動ける距離に寄る。
「……確認したいことがあります」
「……は?」
「あなた方は、借金の名目で住民を拘束し、子供を攫っていますか」
男の眉が、ぴくりと動いた。
「……なんだそれ」
「借用書です。……あなた方の印が使われています」
紙を差し出すと男は素直に受け取り、目を通し──
露骨に顔をしかめた。
「知らねぇな、こんなもん」
「…………」
「俺たちは高利貸しから金を奪って、被害者に返してるだけだ。借金で縛る? 冗談だろ」
吐き捨てるように言い切った。
「そんな真似したら、俺たちが一番嫌ってる連中と同類だ」
その声音に、嘘はなかった。
胸の奥で、最後のピースがはまる。
やっぱり。
男は、当たり前みたいに笑った。
「……義賊、ということですか」
「好きに呼べばいい。ただ、弱い奴からは奪わねぇ。それだけだ」
静かな答えに、私はゆっくり息を吐いた。
つまり──
借用書も、誘拐も、魔力枯渇も。
すべて誰かが仕組み、罪だけがあなたたちに被せられている。
「……嵌められている可能性がある、ということですね」
「……そこまで言われると、否定もできねぇな」
男は肩をすくめ、小さく息を吐いた。
空気が変わった。
敵のはずなのに──そう思う理由が、もう見当たらなかった。
私は、ようやく息をついた。
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