44、小さな約束
教会に付随されている孤児院は、街の中心から少し外れた場所にあった。
白い石造りの建物は手入れが行き届いていて、外から見れば、むしろ“恵まれている”部類に入るだろう。
(……思ってたより、綺麗)
門の前で、ほんの一瞬だけ足を止める。
孤児院と聞いて想像していた、荒れた壁や、古い木戸はない。
掲げられた神殿紋も新しく、花壇には季節の花まで咲いている。
「ここが、神殿の……」
「表向きは、ね。魔力量のある子どもをまとめて管理する場所だ。寄付も多いから外面はいい」
サイラス様は何も言わない。
ただ、扉、窓、裏口、子どもの数──
癖のように一つ一つ確認している。
護衛としての視線だ。
中に入ると、子どもたちの声が思ったよりも小さく響いた。
笑っている子もいる。
本を読んでいる子もいる。
だが――どこか、張りつめた空気を感じる。
(……静かすぎる)
年齢の割に落ち着きすぎている。
それが、最初の違和感だった。
「……あ」
控えめで少し掠れたその声は、奥から聞こえた。
振り向くと、細い体の少年が壁際に立っていた。
「レオン……?」
名前を呼ぶと、少年は一瞬驚いた顔をして、それからはにかんだように笑った。
「……え!サラお姉ちゃん!?来てくれたの!?」
(覚えててくれた……)
胸の奥が、きゅっと締まる。
それだけで、少し救われた気がした。
「服がここのものだと聞いて。会えるかなって思って来てみたの」
レオンは、少し誇らしげに胸を張った。
「ここね、すごいんだよ」
「すごい?」
「たまにね、神殿のすごい人が来るの」
「すごい人?」
「うん。白い服着てて、きれいで……触ってもらうと、あったかくなるんだって。体、楽になる子もいるんだよ」
隣の子が、羨ましそうに言った。
「『祝福』ってやつだって。選ばれた子だけなんだ」
誇らしげな声。
善意の話みたいに。
──なのに。
(……なんだろう)
胸の奥が、少しだけざわついた。
“楽になる”と言った子どもたちの顔色が、どこか青白く見えたからだ。
レオンも笑っているのに、どこか力が抜けている。
(……疲れてる?)
それとも──
私は言葉にできない違和感を、胸の奥にしまい込んだ。
「昨日あのあと、神殿の人の──」
言葉の途中で、はっとしたように彼はちらりと周囲を確認した。
それは大人の気配を確かめる、癖のような動きだった。
(……あ)
この子、ここでは──
あまり自由に話してはいけないのか。
「ごめんなさいね、お仕事中だった……?」
「え?」
思わず口にした言葉に、レオンは一瞬戸惑ってから首を振った。
「そういうわけじゃ、ないんだけど……お手伝いはしなきゃ怒られちゃう」
そう言って笑った。
でも、その笑顔は、年相応には見えなかった。
無意識に彼を見つめると違和感の正体がわかった。
(……少ない)
魔力の気配がほとんどない。
完全にゼロではない。
でもこの孤児院に集められている子にしては、異様なほど薄いのではないか。
(……どうして?)
ここは『魔力が比較的多い子』が集められる場所のはず。
事故か、病気か。
それとも──
考えかけた、その時。
「ここではあまり話せないから外行こうよ。ほら、こっちだよ!」
「え?ええ。わかったわ」
レオンは静かな声でそういい、案内してくれた。そして着いたところは神殿の裏側の、孤児院用のだろう畑があるところだった。
畑の隅には、修繕用だろう木材が無造作に立てかけられていた。
子どもたちが運んでいるのか、縄も緩く、少し触れただけで崩れそうに見える。
サイラス様は離れたところに、ヴォルはサイラス様と少し話したかと思うといなくなった。
「よし!ここなら大丈夫!普段ここら辺で遊んでるし!」
「そうなの。連れて来てくれてありがとう」
嬉しそうに笑うレオンが可愛くて思わず頭を撫でてしまう。
するとレオンはえへへへっと言いながら笑い嬉しそうに言った。
「お母さんも、お手伝いするとよく頭を撫でてくれたの!」
「そうなの。……いいお母さんね」
(私は一度も……)
お母様に疎まれているから撫でられたことなんてない。むしろ触れられた記憶もないくらいだ。
「うん!でも、僕が悪い子になっちゃったから、いなくなっちゃって………」
「え?いなくなった?」
「……うん。喧嘩して家を飛び出したんだけど、僕が悪かったから謝ろうと思って家に帰ったらもうお母さんいなくて……その代わり、この手紙が置かれてたの」
とても辛そうな、寂しそうな顔をしていたが一転、嬉しそうにその手紙をポケットから出して見せてくれた。
(これが、昨日言っていた……)
ずっと持ち歩いているようで、そのせいか手紙の端は若干擦り切れている。
でもそこまで古くはなさそうだ。
「そう。だから、勉強頑張るって言ってたのね。誰かに読んでもらうんじゃなくて、自分でって思うなんて、偉いわ」
「えへへ、ありがとう。きっと、いい子になったらお母さんも迎えにきてくれるよね!」
また頭を撫でてあげるとやっぱり嬉しそうで。
つられて私も微笑んでしまう。
そのとき──
「レオン!」
向こうから別の子どもが駆けてきた。
「水、運ぶの忘れてるって!」
「あ……そうだった!ごめん今行く!サラお姉ちゃんごめんね、僕……」
「いいのよ。むしろ邪魔してごめんなさいね」
「邪魔じゃないよ!……また、来てくれる?」
「もちろん。また来るわ」
「ほんと!?今度会う時には手紙、読めるようになってるかも!待ってるから!それじゃあね!!」
そういってレオンは慌てて走り去っていった。
私は、その背中を目で追う。
小さな背中。
まだ子どもの背中。
──その瞬間だった。
ふと、立てかけられた木材が、不安定に揺れたのが視界の端に映る。
「……危な」
「っ……!!」
私が声を上げるより早く、レオンに倒れる方が早かった。
ガラガラガラっと鈍い音を立てながらレオンの姿が見えなくなった。
「レオン!」
急いで駆け寄り魔法も使いながら木材を避ける。サイラス様も駆け寄り手伝ってくれている。
「……っ、いたいよ……」
何本か木材を避けると、か細い声が聞こえた。その瞬間、血の匂いがふっと広がった。
体のところどこらから血が出て、力が入らないみたいに、ぐったりしている。
「サイラス様、レオンが!」
「こ、こっちだよ!医務室!」
「俺が運ぶ」
レオンを呼びに来た子が青い顔をしながらも案内してくれた。
私もはっとして先を走る2人の後についていく。
程なくして着いた医務室のベッドにサイラス様はそっと寝かせる。
「大丈夫よ。すぐ治すから」
そう言いながら、焦る自分を落ち着けるように、自分に言い聞かせる。
治癒魔法は得意だ。
何度も成功してきた。
だから、大丈夫。
レオンの胸の上で掌を重ねる。
鼓動が弱いくて、浅い。
「──癒して」
いつもは口に出さない言葉をだして魔力を流す。
いつも通り。
水を注ぐみたいに、優しく。
身体の奥から引き出した魔力を、レオンへ。
流して。
流して。
……あれ?
入っていかない。
いつもなら、確かにそこにあるはずの“命の手応え”が、どこにも、ない。
まるで最初から──
この子の中に、何も入っていないみたいに。
……どうして?
読んでいただきありがとうございます!




