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転生逆行王女の終活 〜悪の王女は二度目の人生で贖罪を選ぶ〜  作者: はな


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43、誰より先に、傷つく人

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 まぶた越しに、淡い光が差し込んでくる。

 鳥の声と、遠くで鳴る雨上がりの水音。


 ゆっくりと目を開けて——違和感に気づいた。


(……あれ?)


 見慣れない天井。

 そして、やけに柔らかい寝台の感触。

 私は身を起こした。


 確か昨夜は椅子に座ってヴォルと話していて、そして——

 

(ベッドに入った記憶が……ないわ)


 足元を見ると、ブーツは脱がされ、泥まで落とされていた。

 上着も畳まれ、サイドテーブルには湯気の立つカップ。


 ヴォルが、こんなことをするだろうか。


 いや、やらないとは言わないけれど。

 もっと雑というか、気遣いが不器用というか。


——ここまでされる人は、一人しか思い浮かばない。


 思わず苦笑がこぼれる。


(……本当に、あの人は)


 世話を焼いたことすら、絶対に言わない。

 当たり前みたいな顔をして、全部終わらせる。


 ——私が気づかないところで。


「……ほんとに、もう」


 胸の奥が、じんわりと温かくなった。



 扉を開けると、廊下の向こうからいい匂いがする。


「おはよう、エリー」


 振り向いたサイラス様が、柔らかく笑った。

 その顔にわずかな隈がある。

 髪も少しだけ乱れている。


(……もしかして、寝てない?)


 昨夜情報収集に出て、戻ってきて、それから多分私を運んで。ほとんど休んでいないはずなのに。


「よく眠れた?」

「……ええ。ぐっすり」


 出てくるのは、やっぱり私を気遣う言葉。

 返事をすると彼は心底ほっとしたみたいに目を細めた。

 本当にそれだけで満足した顔をして。


 自分が眠れていないことも、疲れていることも、何ひとつ言わない。


 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


 守られている、というより——

 気づけば、甘やかされているみたいだ。


 私が眠っている間も、この人は起きていて。

 何も言わず、全てを整えてしまう。


(どうして、この人はいつも……)


 こんなの、心配しない方が無理でしょう。

 なのに本人は、きっとそれを望んでいない。

 何も言わず、ただ笑っているだけなんて。


 申し訳ないのに、ありがたくて、少しだけ泣きたくなった。


 ——この人に守られてばかりじゃいけないのに。


 そう思うのに。

 気づけば、また手を伸ばしそうになる。


 考え込んでいたが、だんだん違和感を感じる。

 よくよく見るとサイラス様はエプロン姿だった。


「……え?」

「もう少し寝ててよかったのに。まだ朝食できたばかりだよ」


 当たり前みたいな顔で、そう言う。

 まるで最初から私が起きる時間を知っていたみたいに。


「これ……サイラス様が?」

「うん。胃に優しい方がいいでしょ」

「もう体調はいいのよ?」

「……わかってるよ。でもエリーの好きな味だと思うよ」


 テーブルには、湯気の立つスープと軽いパン。

 どれも私の好みに合わせた味付けだと、一目でわかった。


 そっと口に運ぶと、優しい味が体に染みる。


「……おいしい」


 思わず零れた声に、サイラス様がほっとしたように息を吐いた。



 ◇◇◇



 朝食後、お兄様が地図を広げながら話し始めた。


「——昨夜の調査結果だが」


 港側は異常はない。ただ人の出入りが偏っている区画があるらしい。


「警備も妙に薄い。誘導かもしれない」


 サイラス様が静かに補足する。


 穏やかな声なのに、情報は正確で、無駄がない。

 きっとほとんど眠っていないはずなのに、そんな様子は欠片も見せなかった。


(……すごいな)


 この人はいつもそうだ。

 自分の疲れより、先に私たちの安全を整えてしまう。

 そんなことを考えていた私の視線に気づき、サイラス様が首を傾げた。


「エリー? どうかした?」

「あ……ううん。何でもないわ」


 そのとき。

 ふと、昨日の少年の顔が浮かんだ。


 ——レオン。


 あのとき感じた、説明できない違和感。

 胸の奥に、小さな引っかかりが残っている。


(なんだったのかしら……あれ)


「……姫さん」


 考え込んでいると、声が聞こえたため顔を上げると、ヴォルがこちらを見ていた。


「さっきから、ぼーっとしてる。どうしたの」

「え?」

「なんか気にしてる顔」


 思わず瞬きをする。


(……気づかれてた?)


「そんなにわかりやすい?」

「うん」


 即答だった。

 少しだけ、昨夜のことを思い出す。

 あの静かな時間の名残みたいに、言葉がやけに自然に出た。


「昨日会ったレオンって子……覚えてる?」

「港のガキか」

「ええ。あの子、なんだか……変だったの」


 うまく言えない。

 けれど、ヴォルは小さく頷いた。


「……俺も思った」

「え?」

「何かはわからない。けど……普通、ではないね」

「やっぱり……」

「……」


 自然と顔を見合わせた。

 ほんの少しだけ、呼吸が合った気がした。


 その瞬間。


 向かい側から視線を感じた。その方を見ると、サイラス様だった。


 穏やかな笑顔のまま。

 けれどほんの一瞬だけ、目が細められる。


(……?)


 でもすぐにいつもの優しい表情に戻り、静かに言った。


「……神殿の孤児院の服を着てたね。支給服の縫製、あの柄だったはず。……この街だと港から歩いて二十分くらいかな」

「……詳しいのね」

「前に少し調べたことがあって」


 さらりとした口調だった。

 それから自然に立ち上がる。


「エリーは、どうしたい?」


 いつも通りの声に、いつも通りの態度。


 でも。指先だけが、ほんの少し強く握られていた。


(……この人は)


 守れなかった記憶を、今も背負っている。


 だから縛らない。止めない。

 私に選ばせる代わりに——

 誰より先に、傷つくのはこの人だ。

 何も言わずに。


(ずるいのは、サイラス様の方よ……)


 胸の奥が、きゅっと締めつけられた。


「……レオンに、一度会いに行きたいの」


 私がそう言うと、ほんの一瞬だけ。

 本当に一瞬だけ、サイラス様の瞳が揺れた。


 けれど次の瞬間には、もういつもの微笑みに戻っている。


「うん。行こう」


 それが当たり前みたいに、迷いなく。


「俺も一緒に行くよ」


 ——それが当然だと言うみたいに。


 その声音が、どうしようもなく優しかった。





読んでいただきありがとうございます!

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