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転生逆行王女の終活 〜悪の王女は二度目の人生で贖罪を選ぶ〜  作者: はな


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41、息をひそめる街



(ついに……やって来ました!ウェルザン!!!)


 こんなテンションなのは許して欲しい。

 もちろん表には出していない。……はずだ。


 私が攫われ、山小屋で合流してから、何かが微妙に噛み合わなくなった。

 言葉にできるほどではないけれど、空気がどこかぎこちない。


 人間関係に疎い私ですら、はっきりとわかるくらいには。


 原因が自分にあることも、わかっている。

 簡単に誘拐されかけたから。


 それでも。


(……何か、別の理由もある気がする)


 お兄様も同じことを感じているらしく、理由が掴めず困ったような顔をしていた。


(お兄様、大丈夫。私も同じ気持ちです)


 何度も、心の中でそう呟いた。


 そんな居心地の悪さを抱えたまま、昨日ようやくウェルザンに近い街に転移できるところまで辿り着いた。


 その街で一泊し、翌朝には転移を終えてすぐに出発した。

 そして——夕方前、ウェルザンの街に足を踏み入れた。


 風が、港町特有の匂いを運んでくる。


 潮の香りが強く、どこか湿った空気が肌にまとわりつく。

 王都とも、マイザーとも違う。


 低い建物が並び、石造りの家々は潮風に晒されて色褪せている。

 壁に残る白い跡は、長い年月の証のようだった。


 狭い道の端には水たまりが点々と残り、空をぼんやり映している。


(……ここが、ウェルザン)


 この街で、しばらく暮らす。

 そう思った途端、胸の奥に小さな現実感が落ちてきた。


 港を見下ろす丘の上に、大きな館が建っている。

 白い外壁はやけに清潔で、潮風に晒されているはずなのに汚れが見えなかった。


 街の色にも、人の気配にも馴染まず、そこだけが長いあいだ人の暮らしを見下ろし続けてきたような冷たさを纏っている。


 生活の匂いも、温度も感じられない。

 まるで、この街から何かを吸い上げるためだけに存在しているようで、目を逸らしたくなった。


 守るための城——

 そう言われれば、そうなのかもしれない。


 けれど、胸の奥で何かが小さく否定した。

 理由はうまく言葉にできない。


 ただ——

 あの建物を見ていると、息をひそめたくなる。

 あれは守っているというよりも、逆らうという選択肢を最初から与えない建物のように感じる。


 街は落ち着いているはずなのに、どこかざわついている。

 それでも、不思議と息苦しさはなかった。


 ——それが、少しだけ気になった。


 少し前方では、サイラス様が周囲を見渡しながら歩いている。


 距離はあるのに、視線だけは外されていない。

 見られている、というより見失われていない、という感覚。


 路地側にはヴォルの姿があり、人の流れと死角を自然に確認している。


 視界に入る距離。

 それ以上は踏み込まない。


 街に溶け込むため。

 そして、私が「少し自由に歩きたい」と言ったから。


 そのときだった。


「わっ……!」

「きゃっ——」


 前方から、小さな影が飛び出してくる。


 一瞬、私の前後で靴音が重なった。

 言葉も視線もないのに、二人が同時に反応した音なのだとわかった。


「……怪我は、ないか?」


 確かめるような声。

 けれど、それ以上近づく気配はない。

 サイラス様だった。


 同時に、ヴォルの視線が一瞬だけこちらに向き、すぐに周囲へと流れる。


 危険がないと判断したのだろう。

 その短いやり取りだけで、二人は状況を共有したのだとわかった。


 私が声を上げる前に、警戒は解かれている。

 それでも距離は縮めない。


 ——守られている。

 けれど踏み込まれてはいない、そんな距離感だった。


「私は平気です。それより……」


 ぶつかってきたのは、武器も持たない、小さな子供だったから。


「ご、ごめんなさい!」


 深く頭を下げる姿に、張り詰めていた空気がほどける。


「大丈夫? 怪我はない?」

「うん! ぼくは平気!」


 足元には、紙が数枚散らばっていた。

 私はしゃがみ込み、それを拾い集める。


 その間、子供は紙を見つめては、少し困ったように視線を逸らす。


「……これ、落とし物?」

「う、うん……」


 歯切れの悪い返事。


 紙に書かれた文字を、彼は読もうとしていない。

 ただ、形をなぞるように、目で追っているだけ。


「……字、まだ勉強中なのね」

「……うん」


 一瞬だけ、恥ずかしそうに俯いてから、顔を上げる。


「でもね! がんばってるんだ!」


 胸を張るその仕草は、ひどくまっすぐだった。


「ちゃんと読めるようになったら……」

「なったら?」

「お母さんからの手紙、ひとりで読めるから!」


 その言葉が、胸の奥に静かに沈む。


 どうしてだろう。

 私は一歩、踏み出していた。


「……偉いわね」


 そう言うと、子供は照れたように笑う。


「ぼく、レオン!」

「私は……サラよ」

「サラ……」


 名前を確かめるように呟いてから、レオンは通りの奥を振り返る。


「あっ、行かなきゃ! 勉強の時間なんだ!」

「……そう」

「サラ!またね!」


 走り出す背中を、なぜか目で追ってしまう。

 人混みに紛れて消えていく、小さな背中。


 ほんの偶然。

 ほんの一瞬の出会い。


 それなのに。


(……どうして、こんなに気になってしまうんだろう)


 気にする理由なんて、どこにもない。

 心配するほどのことでもない。


 それでも、胸の奥に残る、名前のつかない感覚が消えなかった。


 遠くで、サイラス様がこちらを振り返る。

 何か言いたげな目をしている。


 ヴォルもまた、レオンが消えた方角を、ほんの一瞬だけ見てから歩き出す。


 誰も、何も言わない。


 けれどその沈黙が、この出会いがただの偶然ではないことを、どこかで予感させていた。


読んでいただきありがとうございます!

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