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転生逆行王女の終活 〜悪の王女は二度目の人生で贖罪を選ぶ〜  作者: はな


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36、お別れ


「本当にありがとうございました!」

「私はたいしたことは……あなたが頑張ったからですよ」

「いいえ。サラ様がいなければ私は――この命、無駄にしません!」

「……そんな、大げさな」


 涙ぐみながら何度も頭を下げるのは、治癒魔法をかけるまで意識が戻らなかった、あの患者さんだ。


 意識が戻ったあとのリハビリは、相当つらかったらしい。

 それでも懸命に乗り越え、そして今日──ようやく退院の日を迎えた。


 ──あれから、約一か月。


 治療院に残っていた患者たちも、今日ですべて退院となる。


 最初に一番重症の患者を治してからは、症状の重い人から順番に治療を施していった。


 けれど、重症者ほど消費する魔力も多い。

 無理を続ければ危険だと、サイラス様から止められてしまった。


 そのため、一日に治療できる人数を決め、少しずつ進めていく方針に切り替わったのだ。


 症状の重さによって施術人数は変動し、治癒魔法だけでは終わらない。

 特に重症患者には、その後のアフターケアも必要だった。


 順番に治療して、回復を見守り、支えて。


 時間はかかったけれど──


 それも今日で、ようやく終わる。


「お元気で」

「はい! サラ様も!」


 そう言って、最後の患者が門の向こうへと消えていった。

 静かになった中庭に、風だけが吹き抜ける。


 ──これで、本当に終わったんだ。


 この一か月で、いろいろなことがわかった。


 ──結局、ヤブサ子爵は小麦を隣国へ売るつもりだったらしい。

 しかも、戦争を知ったうえで。

 ……背筋が冷えた。

 そんな人が、この国の貴族だったなんて。


 けれど、サントール側のモリッツ侯爵は「そんな話は知らない」と主張しているという。


 裏で手を組んでいたはずなのに、あっさりと切り捨てられた形だ。


 そして──


 秘密裏に進められていたその最中、ヤブサ子爵は事故で死亡した。


 本当に事故だったのか。

 それとも、口封じのための他殺だったのか。


 詳しいことは教えてもらえなかったけれど……おそらく、後者なのだろう。


 今は息子が子爵位を継いでいるらしい。


 ヴォルの調査では、拍子抜けするほどの好青年で、今回の件には何も関わっていないとのことだった。

 お兄様もすでに挨拶を済ませたらしく、終始恐縮しっぱなしだったとか。


 調べられることは一通り終わった。

 患者も全員回復した。


 ──もう、この治療院で私にできることは、ほとんど残っていない。


「エリー、疲れていないか? 少し休んでから帰ろう」


 隣から、やわらかな声が降ってくる。


「いえ、そこまで疲れては……」

「何? お姫様だっこで運んで欲し──」

「結構です! ……あ、でも少しお茶を飲みたいです。飲んでから帰りましょう」

「はは、そうしよう」


 サイラス様は、相変わらずぴったりと隣にいる。


 最初は戸惑っていたのに、いつの間にかそれが当たり前になっていた。

 気づけば自然と隣にいて、何かしようとすれば先回りして手を差し伸べてくれる。


 ありがたいけれど……正直、少しだけ過保護すぎる気もする。

 そんなことを思いながら、私は小さく息をついた。


 穏やかな午後の光が、静まり返った治療院をやさしく照らしていた。



 ──その日の夜。

 夕食の席で、お兄様がふと切り出した。


「もうここでやるべきことも片付いた。そろそろ出ようと思うが……みんなはどうだ?」


 ちょうど私も同じことを考えていたところだった。

 スプーンを置き、顔を上げる。


「私は、ウェルザンに行きたいと思っています」

「ウェルザン?」


 お兄様が眉をひそめる。


「ここからだと、かなり距離があるぞ。それに……急だな。理由があるのか?」

「はい」

「……海賊が出ます」

「…………は?」

「海賊??!!」


 がたんっ、と椅子を鳴らしてお兄様が立ち上がった。


 その反応が正しい。うん、普通はそうなる。


 けれど──


「……あー、そういえばそんなのもあったな」と、サイラス様は思い出したように頷き、ヴォルは腕を組んだまま、相変わらずの無表情。


 温度差がひどい。


「どうして誰も驚かないんだ……」

「ははは……」


 ぽつりと呟くお兄様の声が、少しだけ寂しそうで。

 乾いた笑いしか出なかった。


 前回の人生の話は一応伝えてある。

 けれどその後は治療院のことで慌ただしく、細かい部分までは説明できていなかった。


 お兄様は深く息を吐き、椅子に座り直す。


「……わかった。続けてくれ」

「……ウェルザンは、この国で唯一の港町です。隣国にも近くて、貿易の要所でもありますよね」

「ああ」

「でも前に……一時期、海賊が出没して問題になったんです」


 脳裏に、前世で読んだ新聞記事がよみがえる。


 焼けた船。

 崩れた港。

 積み上がった物資の山。


「最終的には鎮圧されて、海賊は全員処刑されました。でも……その間に、輸出入はほとんど止まって、港も壊滅寸前まで被害を受けたって」


 国の経済にとって、致命的な打撃だった。

 だからこそ、覚えている。

 あの記事は、ずっと印象に残っていたから。


「もし今のうちに動ければ、被害を減らせるかもしれません」


 ぎゅっと、膝の上で手を握る。


「治療院みたいに。……助けられるものがあるなら、助けたいんです」


 部屋が静まり返った。


 少しして。


「……まったく。本当にエリーは、じっとしていないな」

「褒め言葉として受け取っていいですか?」

「好きにするといい」


 呆れたようではあるが、優しい声音だった。

 お兄様は額に手を当て、深いため息をつく。


「心臓に悪い話ばかり持ってくるな……」

「すみません」

「……だが。理由があるなら止めはしない。家族として、全力で守るだけだ」


 顔を上げ、まっすぐ私を見て言ったその言葉に、胸がじんわり温かくなった。


 次の目的地は、港町ウェルザン。


 ──物語は、また動き出す。


 そのときはお兄様とも親しいはずの隣国王子が助けてくれたはずだ。

 小説でクーデターに協力してくれた人でもある。


 小説のことは伏せたまま、私は言葉を選びながら説明した。


 物流が止まれば、この国の経済に大きな打撃が出ること。

 港が機能しなくなれば、物資も人も滞ること。

 だから、早いうちに芽を摘んでおきたいこと。


 できるだけ「未来を知っている」なんて悟られないように、淡々と。


 マイザーでの件が長引けば、この話は諦めるしかなかった。

 でも思ったより早く片付いたおかげで、まだ間に合う。


 それだけが救いだった。


「……なるほどな。確かに、港が止まれば国全体に影響が出る。放置はできんか」

「はい」


 お兄様が腕を組んで小さく頷く。

 胸の奥で、ほっと息を吐いた。


「急ぎの案件は、ひとまずそれくらいかと」

「わかった。なら明日準備して、明後日出発だな」


 話は思いのほかすんなりまとまった。


 道中で、前回の人生で起きた他の事件も少しずつ共有していく──ということになり、ようやく肩の力が抜ける。


 これで、次の目的地は決まった。

 ……そう思った矢先。


「それにしても、アレックス王太子か……」

「俺はあいつ、気に入らない」


 ぽつりとお兄様が呟き、間髪入れずにサイラス様が切り捨てる。

 あまりにもきっぱりしていて、思わず目を瞬いた。


「え……? 何かあったんですか?」


(留学期間が短かったから、小説みたいにまだ仲良くなってない……とか?)


 そんな可能性を考えながら尋ねると、お兄様は困ったように苦笑した。


「いや、決定的な何かがあったわけではないんだが……端的に言えば、俺には妙に媚びてきて、サイラスにはやたら突っかかる感じだな」

「は? 媚び? 喧嘩?」


 思わず変な声が出た。

 私の知っているアレックス王太子は――


 穏やかで、聡明で、誰に対しても公平。

 小説では、主人公を陰から支える頼れる存在だったはずだ。


 そんなタイプが媚びる?

 ましてやサイラス様に喧嘩を売る?


(……全然、イメージ違うんだけど)


 思っていた人物像とのギャップに、軽く混乱する。

 小説では語られていないだけで、最初はそんな関係だったのだろうか。


「まあ、俺は嫌いだな」


 サイラス様はばっさり。


「顔が気に入らない」

「それはただの好き嫌いでは……?」

「大事なことだ」


 真顔で言われて、思わず苦笑してしまう。


 ……とはいえ。


 この場で結論が出る話でもない。


(覚えておこう)


 未来を知っているつもりでも、実際は細部が違うことばかり。

 油断は禁物だ。


 私はその名前を、そっと頭の片隅に留めておいた。


「明日出発でもいいですよ?」


 私がそう言うと、お兄様はすぐに首を振った。


「エリザベス。別れの挨拶はきちんとしておきなさい。それに今回は長旅だ。体調にも響く。準備は万全にしてから出よう」

「……わかりました」


 素直にうなずく。


 院長の診察を受けたあと、私はお兄様とヴォルに、私の体調のことを伝えた。そして今回の件が「病気ではなく毒の可能性が高い」ことも。


 結果として毒はほとんど残っていないらしいのだけれど──


 そのせいで、なぜか前よりずっと過保護になってしまった気がする。


(……なんだか、保護者が三人いるみたい)


 お兄様に、サイラス様に、ヴォル。

 常に誰かが私を気にして、先回りして、守ろうとしてくれる。


 少し窮屈で、でも。


 ……嫌じゃない。


 むしろ、くすぐったいくらい、嬉しい。


 だから私は、基本的にみんなの言うことを素直に聞くことにしている。


 ふと、しみじみ思う。


 離宮を出たときは、まさかこんなふうになるなんて想像もしていなかった。

 ひとりでなんとかするつもりだったのに。

 気づけば、こんなにも人に囲まれている。


 そんなことを考えていると──

 ヴォルが、ぼそっと呟いた。


「……姫さんはさ」

「え?」

「大人しくしてるんだよ」

「……はい?」


 真顔で言われて、目を瞬く。


「何でも首突っ込むから。またとんでもないことしそう」

「そ、そんなこと……ない、はずよ!」

「どーだか」


 しどろもどろに返すと、ヴォルは喉の奥でくくっと笑った。

 からかうみたいな、でもどこか優しい笑い方。


(……よく笑うようになったわよね)


 最初は無愛想で、何を考えているのか全然わからなかったのに。


 今では、出かける前と帰ってきたとき、必ず一声かけてくれるしこうして軽口まで叩いてくる。


 この一ヶ月、この四人で過ごした時間は、思っていたよりずっと穏やかだった。


 ときどきサイラス様とヴォルが言い合いをして、空気がピリッとすることもあるけれど──


 それすら、どこか賑やかで。


(……平和、だなぁ)


 そう思える毎日だった。


 ◇◇◇


 翌日。


 お世話になったパン屋さんへ顔を出し、院長先生にも挨拶をした。


「寂しくなりますねぇ」

「またいつでも戻ってきてください」


 そんな言葉をたくさんもらって、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 ほんの数ヶ月前まで通りすがりだったはずのこの場所は、いつの間にか大切な居場所になっていた。


(……泣きそう)


 こみ上げてくるものを飲み込み、私は笑って何度も頭を下げた。


 そして──


 私たちは三ヶ月過ごしたマイザーに別れを告げ、あたたかな思い出を胸に、次の目的地ウェルザンへ向かった。

 きっとまた、新しい問題が待っている。


 それでも。

 背中には、あたたかい思い出が残っていた。


読んでいただきありがとうございます!

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