33、迷いはなかった
「……え?」
小さすぎて聞き取れず、ヴォルを見る。
視線がぶつかった。
「……どうして、役に立ちたいと思ったの」
「……これはね、私の贖罪なの。お兄様とサイラス様には言えないけど……」
自分でも、変な理由だと思う。
それでも止まれなかった。
「何もしないまま守られてるだけなんて、もう嫌なの。知らないまま終わる方が……ずっと怖い」
「正気とは思えない」
「正気よ」
迷いはなかった。
「このまま何もせずにいるくらいなら……伝染病で死ぬ方が、まだましよ」
「大袈裟だな」
「ヴォルにもあるでしょう? 譲れないもの。私にもあるの。ただそれだけ」
言い切ると、ヴォルはしばらく黙った。
それから、深く息を吐く。
「前にも、そんなことを言ったやつがいた」
ヴォルは空を見上げたまま、淡々と続ける。
「役に立ちたいとか、放っておけないとか。……同じような目をしてた」
「その人は……?」
「死んだよ」
あまりにも軽い言い方だった。
けれど、次の言葉だけわずかに重かった。
静かすぎて、息が詰まる。
「だから……綺麗事で動くやつを見ると、イラつくんだよ」
そこでようやく、わずかに目を細めた。
「同じ選択ミスをしそうでね」
胸がひやりとする。
その横顔は、いつもより少しだけ遠かった。
踏み込んじゃいけない気がして、何も言えない。
沈黙が下りる。
やがて、ヴォルが小さく呟いた。
「ほんとに……世話が焼ける」
「え? ごめんなさい、聞こえなかった」
「世間知らずの箱入り姫さんには、お目付役が必要だって言っただけ」
呆れた顔。
なのに、どこか諦めたみたいな声。
「それって……これからも、そばにいてくれるってこと?」
「……好きに解釈すれば」
ぶっきらぼうに立ち上がる。
「礼はいらない。代わりに――命を粗末にするな。次やったら、今度こそ消える」
「……うん」
強く頷くと、ヴォルは背を向けた。
「……雨、来るな」
それだけ言うと、ヴォルは夜の闇に紛れるように背を向けた。
◇◇◇
その後の夕食は、お兄様の留学先の話で、和やかに過ぎていった。
サイラス様の話す前に寝支度だけ整えておく。そこで頭に浮かぶのは今日話したこと。
私のことを嫌いだとわかっていたけれど、そこまでひどいことをするほど嫌っていたなんて。今日は自分で思っていたよりも嫌われていたことを実感する日となった。
そうしてぼんやりと考えていると部屋にノックの音が響いた。
「……はい」
「……サイラスだ。ドアを開けてもいいか?」
「あっ!はい!どうぞ!」
ぼんやりとしたまま返事だけしまった。はっと我に帰り扉に駆け寄った。
「どうぞ、サイラス様。私の部屋でよければ……」
「……っ!?」
「……サイラス様?」
「あ、ああ。そのお邪魔します……」
何故かカクカクと不自然な足取りで部屋に入って来て、私の促したソファーに座った。
「あの、サイラス様……大丈夫ですか?」
「あ、うん。大丈夫。大丈夫だけど……この時間に、異性を部屋に入れてはいけないよ?……俺は、婚約者だからいいけど……」
「あ、はい。わかりました……」
正直そういうことを忘れていた。ヴォルとか気付いたら部屋にいるようなことも多々あったし。
しかしそれは言わない方がいいとなんとなく察した。
「ごほんっ、それで、何だが……明日は治療院に行くだろう?だからもう早速本題に入るけど……」
サイラス様は気を取り直すように咳払いをした後、真剣な表情で私をまっすぐに見つめた。
そして深刻そうな声色で私に問いかけてきた。
「……体調は、大丈夫なのか?」
「た、い調……」
「……その、病気なのだろう?」
(そのことも、知っているの……?)
そのことを知っているのはエレナとあのお医者様だけのはず。驚きで目を見開いてしまう。
サイラス様はずっと辛そうな表情をしている。それでも、何だか罰の悪そうな顔になった。
「何故……」
「……すまない。前の君の日記を……見つけたんだ。でも、見つけることが出来たのは、君がいなくなったあとで……」
「……あ、なるほど」
前回、日記には書いていた。余命宣告を受けたことを。もちろん今回は書いていないが。今もあるだろう離宮の日記は回帰前の日付で終わっている。
「体調は……大丈夫です」
「……無理していないか?俺たちに気を使う必要はない」
「いえ、全然本当にそんなことではなく……不思議と、ここマイザーに来てから体が楽なんです」
「……本当か?」
こくりと頷く。ここの環境が療養に適しているのか、はたまた他の理由か。
原因はまだわからないけれど。
それよりもサイラス様がここまで私を気にしてくれていることに戸惑いしかない。
私が一度死んでいるからか。それにしても留学に行く前にはそっけない様子だったから、私が何かしてしまって、嫌われてしまったと思っていたのだけど。
サイラス様がわからない。
ここまで気にかけてくれるのは正直戸惑いが大きいが、少し嬉しい自分もいて。
「あの、サイラス様……どうして私をそこまで気にかけてくれるのですか?」
「それは、どういう……」
「正直言うと……今は、その、戸惑いの方が大きいというか……そこまで私を気にかけなくても……」
私のその言葉にサイラス様はショックを受けたような、今にも泣き出しそうな顔をして俯いた。
「……以前の態度が、悪かったのは申し訳ない……それに俺を信用できないのはわかる……あんなことになって、結局俺はエリーを助けることができなかった……でも俺は……それに耐えられなかった。ずっと……なんでエリーを見殺しにした俺が生きているのかと……エリーは誰にも守ってもらえなかったのにって……そんなことを毎日、思っていた」
俯いた彼からポタポタと雫が落ちて、彼の拳と太ももを濡らした。
そのことに大きく動揺した私は、前回のことはサイラス様のせいじゃない。そう思うのに言葉がでてこない。
「償いたいのに、エリーはどこにもいなくて……っ!毎朝、エリーがいないことに絶望してきた……だが、それでも俺は終わらせなければならなかった。だから全て…… 全てを正したら……やっと、君のところへ行けると思ったんだ……」
「え……?」
それは、つまり──
私の表情から言いたいことを悟ったのか。
サイラス様は再び口を開いた。
「……どうしても会いたかった。エリーの声が聞きたかった。君が死んでいなくなった世界を、俺は受け入れられなかった…… エリーがいない世界で、生き続ける意味を見つけられなかった……」
「なんて、ことを……」
それはとても重い、愛の告白のようで。
サイラス様が私のために死を選んだのだと、そう言っているようで。
もう私のことは何とも思っていないと、忘れたものだと思い込んだ。
そうではないとわかっても、ただの幼馴染兼婚約者なのだと思っていた。
(どうしてそんなことを言うの……?)
勘違いしそうになる──
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