天璋院 篤姫の話 江戸時代
私 篤姫は島津斉彬様の養女として十三代将軍、徳川家定様に嫁ぐことになったの。
斉彬様もひどいよね。私だって恋もしたかったのに。何で島津の分家の娘に過ぎない私なの?何でも夫になる家定様は大奥でガチョウを、追いかけ回して遊んでいるような人なんだって。外国の脅威もある今、将軍様がそれじゃいけない。もっと英明な方をって老中の阿部正弘さまや斉彬たちが考えて、期待をされているのが一ツ橋慶喜って方。何でも慶喜様は水戸家の出身で一ツ橋家に養子に入られて、東照神君、徳川家康様の再来って言われているんだって。
で、私は行儀やその他諸々を、仕込まれて、家定様に輿入れすることになった。大奥で力を持って将軍様の後継者にも口を出せっていうことらしい。
初めて会った家定様は顔かたちは整った方だった。驚いたのは初夜の席に二人だけではなくて他の人がいたってこと。何でも将軍様におねだりをするのを防止するためですって…
とにかく、家定様と私は同じ褥に入ったの。その時、家定様は言ったの。
「すまない。予はそなたを幸せにしてやれない」
謝られるとは思わなかった。
「予は役たたずなんだ」
その意味を私はわからなかったけど、どうやら、家定様は男としての機能しないんだってことが後になってわかった。それでも、家定様は私を抱きしめてくれたんだ。
家定様と一緒に暮らしていると案外、家定様って優しい方だってわかった。大奥の庭でガチョウと遊んでいるのを見て、私も一緒に遊んだ。
「家定様はガチョウが、好きなのですか」
「うん…一羽、どこからか紛れ込んできたんだ。世話をしているうちになんだか可愛くなって、一羽だけじゃ寂しいだろうと言ったら、次から次へと、持ち込まれたんだ」
「そうだったのですね。私…家定様のこともっと知りたい」
「予はつまらない人間だよ。予には大勢の兄弟がいたけど、この年まで育ったのは予だけだったんだ。だから予しか将軍になるものがいなかったんだ。本当は将軍になんかなりたくなんてなかった。父上だって私より一ツ橋慶喜殿に目をかけていらした」
「では、将軍にならなかったら…」
「そうだな。菓子職人になりたかった」
「菓子職人ですか?」
「予は菓子が好きだ。甘くて美味しくて、それでいて綺麗だ。今度、予が作った菓子を篤姫にも食べさせてやろう」
「上様が作られるのですか」
「たまに無理を言って厨房を借りて作っているんだ」
お可哀想に…将軍の子などに生まれなければ好きに生きていけたでしょうに…
それから、家定様は私によくお菓子を作ってくれた。家定様が作ってくれるお菓子はとても美味しかった。
阿部正弘様がお亡くなりになって、家定様は悩んでいた。阿部正弘様はすべての政務を行っていたといっても過言ではなかった。だから家定様は気を落としていた。
「予は井伊直弼を大老に任命しようと思う」
「井伊直弼殿ですか?」
「阿部正弘が亡くなって…後を任せられるのは井伊直弼だろう」
「上様が政務をとってはいかがですか」
「いや…能力のない予がしゃしゃり出ては混乱するだけじゃ。予に子はできぬ。だから、跡継ぎは紀州の慶福か一ツ橋慶喜か…どちらにしろ…無能な予よりはましなはずじゃ」
「違う…家定様は無能なんかじゃない!」
気がつけば私は叫んでいた。家定様は穏やかな笑みをたたえていた。
「ありがとう。そう言ってくれるのは篤姫だけだ」
臨終のとき、また、家定様は謝られた。
「篤姫…すまなかった。娘の一番いい時期を無駄にさせた。予が死んだら髪をおろすなどとしなくていい。薩摩に帰って新しい幸せを掴んでくれ」
私は泣いていた。夫婦の契りはなくとも紛れもなく、私はこの人を愛していた。




