日野富子の話
富子が足元義政のもとに嫁いできたとき、義政には多くの側室や愛妾がいました。中でも義政が深く寵愛していたのはお今という女性でした。
だからといって、義政が富子をないがしろにすることはなく、正室としてあつかってくれました。ですが、それだけでした。義務のように富子を抱くだけだったのです。
お今は心の優しい聡明な女性でした。正室である富子をいつもたてていました。そのようなお今義政はさらに深く寵愛するのでした。
やがて、富子の身に異変がおこりました。懐妊したのです。
ですが、生まれた子供は死産でした。
泣いている富子のところに義政がやってきました。
「富子、なぜ、お今が呪詛したなどというのだ」
「な…なんのことですか?私にはさっぱり」
「とぼけるな。お前の兄の日野勝光がお今を捕らえた」
「なら、上様が兄に命じて、お今を解き放てばよいではありませんか」
「それができるならそうしている。お前がそのような事実はないと言ってくれればいい話だ」
「わが子を亡くして泣いている妻を慰めるでもなく、言うことはそれなのですか」
「お前がわが子を亡くして悲しんでいることはわかっている。だが、お今は無実だ」
「ええ、お今は無実です。そんなことはよくわかっています。あの女は心の底から優しい女ですもの」
「なら…」
「嫌です。私はあの女が嫌いですから」
「なぜだ。お今が、お前に何をしたというのだ」
「何も…あの優しい女は何もしませんわ。でも、私がどんなに惨めだったか上様にわかりますか?上様は私を正室として扱ってはくれても、義務を果たしているだけでしょう」
「げんに、わが子を失ったことよりも、上様はお今の方が大切なのでしょう。亡くなったのは上様の子でもあるのですよ」
「私を恨んでいるのか」
「疲れました。わが子を失ったことを共に悲しんでくれるのではないのなら、もう来ないでください」
お今こと、今参局は琵琶湖の沖ノ島に流される途中、自殺したと伝えられる。




