斎藤義龍の話・わしの父
斎藤義龍は父を殺した。弟も殺した。
義龍は思う。
あの男・斎藤道三は織田信長をして、こう言ったそうだ。
我が子孫は織田信長の門前に馬を繋ぐことになるだろうと、、、
それなら心配ない。わしはあの男の子ではないのだから。
我が母・三芳野はかって、土岐頼芸様の愛妾であった。それがあの男に下げ渡され、月足らずでわしが生まれた。おそらくわしの父は土岐頼芸様なのだろう。
もし、あの男がわしの廃嫡など考えねば表向きは父として敬ってやったろうに。あの男がわしの廃嫡を考えていると知ったとき、あの男の息子二人を殺してやった。そして、あの男との戦。あの男に兵は集まらなかった。それはそうだろう。織田信長に嫁いだ娘の情報を鵜呑みにして重臣二人をも殺したのだ。それにあの男の裁判は湯起請などという馬鹿げたものだった。それでは人臣が離れてゆくのも無理からぬ話だ。
だから、わしは、あの男を葬った後、民生に力を入れた。
織田信長がたびたび、侵攻してきたが、そのたびに押し戻してやった。
だが、どうしたことだ。わしは病に倒れてしまった。
今、わしが死ねば、美濃ばどうなる。わが子、龍興はまだ若い。あれにこの美濃を守る器量があるのだろうか。
わしを見ている薬師に、訪ねた。
「わしは、あと、どれくらい生きられる」
「気の弱いことを申されますな。養生すれば、治ります」
「気休めはよい。自分の身体だのことだ。おそらく、もう長くは生きられまい。心残りは龍興のことだ」
「まこと、親心というものですな。先代様も貴方様のことを気にかけておられました」
「先代?先代とはわしが殺したあの男のことか」
「どのようないきさつで、あのような仕儀になったのか分かりませんが、先代様はいつもいつも、貴方様のことを気にかけていらっしゃいました、時には親バカかとも思うほどの自慢をされて」
「そんなはずはない。わしの父はあの男ではない」
「いいえ、間違いなく貴方様ば斎藤道三様のお子様です」
「母はあの男のもとにきた時にはわしを身篭って、いたのではないのか」
「その、言いにくいことですが、土岐頼芸様のもとにいらした頃から道三様は三芳野様と通じておられて」
「そのようなこと、土岐頼芸様が許されるはずがない」
「某は土岐頼芸様の脈もみておりました。あの頃、あの方は男としての用はたさなくなっておられました。それゆえ、見て見ぬふりをしたのです。三芳野様が懐妊されたとわかったときに道三様におさげわたしになったのです」
「嘘だ。嘘だ。わしは父を殺してなどいない」
「お静まりくださりませ。とりあえずは薬湯を、お飲み下さい」
義龍は薬師に支えられて、薬湯を飲むとそのまま、眠りに落ちていった。
夢を見た。
幼い自分が手に怪我をした。血が出ている。その血をあの男が口で吸って止めてくれた。
ああ、父上、父上はわしを愛してくれていたのか。
お目覚めですか。侍女の一人がやってきた、
「うむ、半兵衛を呼んでくれぬか」
「かしこまりました」
半兵衛はすぐにやってきた。
竹中半兵衛、今孔明と言われるほどの智者だ
「お呼びとうかがいましたが」
「うむ。単刀直入に言おう。龍興のことだ」
「龍興様のことですか」
「もし、あれに美濃一国でも治める器量があるなら支えてやってほしい。だが、その器量もないなら」
「それは」
「遠慮せずともよい。父は、この美濃を織田信長に譲るという国譲り状を書いたという。それもよいとも思う。だから、あれに美濃一国も治める器量がないと判断したなら、その方は織田信長に仕えて、美濃を奪ってもよい。その方が奪ってもよい。ただ、命だけは助けてやってほしい」
「承知いたしました。ですが、殿、今は病を治して下さい」
「うん、そうだな」
間もなく斎藤義龍は世を去った。享年三十三歳




