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ジュリーの好きな人は?

「ねぇ、アンサム。僕、どうアプローチすればいいと思う? ジュリー嬢はどんな人が好きなんだろう?」


昼休みの中庭で、僕は親友のアンサム・グレイスに恋の悩みを打ち明けた。

彼は呆れたように、大きくため息をつく。


アンサムはゴンドワナ大陸にあるレイムリアル帝国の貴族・グレイス侯爵の子息で、現在はアスタリア王国(このくに)に留学中だ。

大きな黒縁メガネが特徴的で、いつもブックカバーをつけた本を読んでいる。


藍色の髪と瞳はレイムリアル帝国では嫌厭されていたが、アスタリア王国ではそんな彼を嫌厭する者はいない。



「ご自身でお考えください、カイル殿下」

アンサムは相変わらず素っ気ないな。

それでも彼は面倒見が良いから、なんだかんだで、いつも僕の相談に乗ってくれる。


「僕だって考えているさ。彼女と、どうすれば仲良く喋れるんだろうって。でも、いざ話しかけようと思っても緊張してまともに話せないんだよ」

「……それは考えている内には入りません」

アンサムは軽蔑の眼差しで僕を見た。


「そこまで好意を寄せているのであれば、当然、婚約を申し込んでいるのですよね?」

「いいや、まだだよ。だって僕の片想いだし、申し込んでも意味ないよ」


「だとしても、申し込んでおいて損にはなりません。ジュリー嬢の婚約相手が決まらなければ、流石のオルティス公爵もカイル殿下の申し込みを受け入れるのではないのでしょうか?」


「ジュリー嬢の気持ちを無視して結婚なんてできない。そんな結婚、オルティス公爵が許しても父上が許さないよ」


するとアンサムは、僕の煮え切らない態度に舌打ちをした。


(アンサムがイラつく気持ち、わかるぜ。お前、ジュリーから逃げてるだけだろ)

風の精霊・グーリン様も、念話で僕に小言を告げた。


「国王陛下が愛のない婚約を認めないのであれば、なおさら婚約を申し込まない理由がありません。婚約を申し込んだところで、殿下が危惧する『ジュリー嬢の気持ちを無視した結婚』は起こらないではありませんか」


(そうだ、そうだー!)


確かに、二人の言う通りだ。


「……わかった。今度、父上にお願いしてみるよ」

(いいぞ! その意気だ!)


「最初からそうすればいいのです。彼女の気を引く手伝いでしたら、いつでもしますので」

「アンサム、本当にありがとう! じゃあ今日の午後も生徒会室に行っていいかな?」


アンサムとジュリー嬢は生徒会役員だ。

だから二人とも、基本的に午後は生徒会室にいる。

つまり、アンサムに会う口実で生徒会室へ行けば、自ずとジュリー嬢にも会えるのだ。


「……勝手にしてください」

「うん、そうするよ!」


こうして僕は、放課後に生徒会室へ行くことになった。



◆◆◆



放課後の生徒会室。


私はいつものように、ユミル殿下やジャズ先輩達と一緒に、雑談をしながら資料を作成していた。

だけど今日は面倒な客人がいる。


「カイル殿下、今日はどのようなご用で来られたのでしょうか?」

王子殿下に強く忠告できない私は、遠回しに『帰れ』と言ってみた。


殿下は書記であるアンサム様のご学友だ。

そのためか、たまに今日みたいに勝手に生徒会室に入ってきては、自習室代わりにここで勉強して帰ることがある。


「別に用がなくてもいいじゃん♪ 私だって、用がなくても来てるんだしさ」

悪びれる様子もなくそう言ったのは、ブーケだった。


ユミル殿下以外、誰もカイル殿下に注意できない。

というより、私とユミル殿下以外は注意する気もない。

そのせいでブーケが『来ていい』と勘違いして生徒会室に入り浸るようになってしまった。


せめてご学友のアンサム様が殿下に忠告してくださればいいのに。


「生徒会室の方が勉強が捗るから、つい……」

「カイル。生徒会室は自習室じゃないんだぞ?」

「まぁ、ユミル。今更いいじゃねえか。未だにそんなこと気にするの、お前とジュリーだけだぞ? 顧問のセンセーだって許可してんだから、気にすんなよ」

また、いつもの流れね。

私はため息をつくと、諦めて作業を続けた。


みんなが各々の作業に集中し始めたからか、生徒会室はしばらく沈黙が続いた。

その沈黙を破るように話し出したのは、アンサム様だった。


「ジュリー嬢」

「え? あ、はい」

私に何の用かしら?

普段会話することがないから、アンサム様と話すのは少し緊張する。


「誕生日は、いつですか?」


質問の意図が理解できず、私は返答に困った。


「えっと……10月23日です」

「好きな食べ物は?」

「パフェ、ですかね?」

「好きな色は?」

「み、緑?」


これは一体、何の質問かしら?

職務質問を受けているような気分だわ。


(ねぇ、ワイティ。アンサム様の質問の意図、わかる?)

私は念話で光の精霊・ワイティに相談した。


(きっとジュリーのことが好きなんだよ! だからジュリーのことが知りたくて、質問しているんじゃない?)


私のことが好き?

ありえない。アンサム様と私は必要最低限の会話しかしない関係なのよ?

仮に私のことを知りたくて質問しているのだとしても、アンサム様が私を好いているとは思えない。


だけどワイティの言う通り、彼は私のことを探ろうとしている感じもする。

一体、なぜ?


アンサム様の質問に答えながら、その意図を探る。


……そうか、わかったわ!


「好きな小説は?」

「アンサム様、それ以上の質問はお父様を介してくださるかしら?」


(えっ? どういうこと?)


ワイティが理解できないのも無理はない。

これは政治の話だもの。

アンサム様、ひいてはカイル殿下派閥は、オルティス公爵(わたし)を狙っているのだわ。

私を懐柔することで、お父様を派閥に取り込むつもりね。


「おいおい! アンサムもジュリーも、さっきから何の話してんだよ? 取り調べか? ってか、質問は父親を介してくれって、お前は箱入り娘か!」

派閥争いに縁のないジャズ先輩が、私達の会話に戸惑うのも仕方ないわね。


「ジャズ先輩。これは政治の話なのです。それ以上は説明不要です」

「政治の話ぃ? 余計に意味わかんねぇ」

するとアンサム様は、表情を一切変えずに釈明し始めた。


「ジュリー嬢は何か誤解しているようですね。俺はただ、ジュリー嬢のことが好きだというヘタレな知人のために、貴女の情報を聞いているだけですよ」


「そうですか。オルティス公爵(わたし)が好きだという方がいらっしゃるのですね」

オルティス公爵(おとうさま)がどの派閥からも()()()()()()のは言うまでもない事実だ。


「その『ジュリー嬢が好きな知人』というのは、もしかしてカイルのことかい?」

するとユミル殿下は、からかうような笑顔でアンサム様に質問した。


カイル殿下が私を好き?

ありえない冗談に、思わず私は吹き出しそうになる。

百歩譲って好きだとしても、それはオルティス公爵(おとうさま)の方だ。

だけど当のカイル殿下は、よほど不服だったのか声を荒げて喋り始めた。


「そ、そんなんじゃないよ! 確かに彼女は友達だけど、好きだとか、結婚したいだなんて全然思ってもいないから!」

「えっ?」


カイル殿下は、私のことを友達と思っていたの?

てっきり、内心では嫌っているのだと思っていたわ。

それか、この場にいる私に配慮して『友達』だと言ってくださったのかも。


そんなことを考えていると、カイル殿下と目が合った。


「……ごめん、用事を思い出した」

殿下は気まずそうに俯きながら、逃げるように生徒会室から出て行った。


「ユミル殿下。あまりカイル殿下をからかわないで下さい」

「ははは、ごめんごめん」

アンサム様はユミル殿下を鋭い目で睨みつけている。


「ところで、ジュリー嬢は好きな人っているの?」

「え? な、何ですか、急に?」

好きな人は、と聞かれて、一瞬ウイン様の顔が頭をよぎった。


「私も知りたいわ! ねぇジュリー、好きな人っているの?」

殿下の質問に、ブーケやジャズ先輩、アンサム様までもが興味深々だ。

みんな期待するような目で私を見ている。


「そんなこと、どうでもいいでしょ? 私はお父様が決めた相手と結婚するのだから」

そうよ。私の気持ちなんか、どうでもいい。

だからウイン様を焦がれる気持ちなんか、邪魔でしかない。


「おいおい、結婚相手くらい自分で決めろよ。お前は父親の言いなりか? 自分の意思はねぇのかよ」

「貴族の娘とはそういうものです。私が誰と結婚するかで、派閥争いに大きな影響を与えてしまいますから。お父様の決めた相手でしたら、たとえダドリー様であろうとも快く受け入れます」


「うわぁ。貴族の女って面倒くせぇ」

ジャズ先輩は呆れてため息をつく。


「でもさ、それは置いといて、ジュリーは誰かを好きになったことはないの?」

それでもブーケはしつこく質問してくる。


「だから、私が誰を好きになろうとも関係ないでしょ?」

「だーかーらー、ジュリーは誰が好きなのかって聞いてるのよ! 結婚相手を誰が決めるとか、聞いてないの! もしかして、本当は好きな人がいるから、適当に誤魔化してたりして?」


図星を突かれて、私は思わず言葉を失った。


「あっ! そのリアクション、やっぱり好きな人がいるのね? 白状しなさい!」

「そんな人、いないわ」

「嘘ね! ブーケさんにはお見通しよ!」


必死に否定するも、ブーケを誤魔化すことができない。

あぁ、情けない。

うっかりボロを出すなんて。


「はいはい。下らない話をしていたら、資料がいつまでたっても完成しないわ。ちょっと静かにしてもらえる?」


それ以上追及されたくない私は、強引に話を打ち切って、資料作成に没頭した。

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