カイル殿下のためです
カイル殿下が男子トイレの中に入ると、私はトイレの外で聞き耳を立てて、中の様子を確認した。
「やぁ、アンサム」
「あっ、カイル殿下」
「どうしたの? 眼鏡、無くしちゃったの?」
「はい。ですので、こうして探し回っているのです。ここの個室の中に忘れたかもしれないと思い、中の方が出てくるのを待っていたのですが、なかなか出てこないのです」
なるほど。
私がアンサム様を待っていたように、アンサム様もまた、個室トイレにいる人が出てくるのを待っていたわけね。
それにしても、トイレが長いわね。
中の人は、体調でも崩しているのかしら?
「へぇ。てっきり、中庭の植え込みにブレザーと一緒に落ちていた眼鏡が、アンサムのものかと思ったよ。君は今、ブレザーも着ていないから、ブレザーも一緒に無くしたのかなって思ってさ」
カイル殿下の攻めた発言に、肝が冷える。
もしアンサム様が悪魔憑きだったら、カイル殿下が狙われるかもしれない。
「……そのブレザーは、今どこにあるのです?」
「生徒会室だよ。アンサムは心あたりある? まるで悪魔憑きの持ち物みたいに真っ黒な、ブレザーとアイマスクなんだけど」
「さぁ。僕は知りませんよ」
「そうなの? だったら、その目をよく見せて。アンサムは眼鏡がない時でも、そんなに目を細めないでしょ? なんで今、そんなに目を細くしているの?」
いくら私がいるとはいえ、直接問い詰めるなんて無謀な行動だわ。
アンサム様は黙ったまま動きは無さそうだけれど……殿下は大丈夫かしら?
「バレてしまっては仕方ありませんね。カイル殿下、お願いですから今回だけは見逃していただけませんか?」
「それはできない」
「まぁ、落ち着いて話を聞いてください。俺は別に、無闇矢鱈に襲っているわけではありません。必要最小限の記憶しか消していませんし、消すつもりもありません」
「その必要最小限というのが、悪魔憑きの情報と、ユミル兄上の記憶なのか?」
「そこまでご存じでしたか。その通りです。ただ、これは殿下のためでもあるのですよ? ジュリー嬢からユミル殿下の記憶を消し、ユミル殿下からジュリー嬢の記憶を消せば、貴方にチャンスができるのですから」
「確かに、僕は兄上に遅れをとっている。二人が結ばれるのは時間の問題かもしれない。けど、だからといって記憶を消すのは間違っている!」
私とユミルという方は、それほどまでに仲が良かったの?
私はウイン様が好き。なのに、他にも好きな人がいたっていうこと?
自分で自分が信じられない。
二人の会話で気になるのは、それだけじゃない。
もしかしてカイル殿下って、まさか?
「殿下のそういう真面目なところは評価しますが、真面目なだけでは彼女に振り向いてもらえませんよ? いいのですか? オルティス公爵狙いのユミル殿下に取られても。貴方はジュリー嬢のことが好きではないのですか?」
「好きに決まっているよ! だからこそ、真っ当な手段で彼女に振り向いて欲しいんだ!」
……そうだったの?
カイル殿下は、私のことが好き?
殿下の本心に、私は今まで感じたことのない、不思議な気持ちになった。
いつも私と話す時、顔を逸らしていたけれど、あれは照れ隠しだったのかしら?
「全く。貴方はとことん、甘い男ですね。もういいです。貴方には、ここでの話を忘れてもらいましょう」
まずいわ。
カイル殿下が襲われる!
私が意を決してトイレに入ろうとした時、カイル殿下はトイレから勢いよく出てきた。
その後を追うように、アンサム様も出てくる。
「逃げても無駄ですよ」
トイレから出てきたアンサム様は、私に気づいていない。
今がチャンスね!
私はアンサム様の背後から勢いよく飛び蹴りをして、悪魔祓いをした。
アンサム様は倒れて、横になる。
見た目はほとんど変わらないが、赤黒い本が消えたことから悪魔祓いが成功したのだろう。
「ありがとうございます、フィーネ様」
「こちらこそご協力感謝します。ですが、先程の行動は関心しません。一歩間違えば記憶を消されていたのですよ?」
「あははは、すみません。フィーネ様なら倒してくださると思って、つい聞いてしまいました。それにアンサムだったら、説得に応じてくれるかと思いまして」
「その結果がアレですか。全く、外で聞いていてヒヤヒヤしましたよ。それと、先程アンサム卿と話されていた内容ですが…」
それを聞いた途端、カイル殿下は顔を少し赤くした。
「そういえばあの話、フィーネ様も聞いていたのですね。少し照れ臭いです」
「すみません。無粋なことをしてしまって」
「いえ、いいのです。ただ、この事は秘密にしてくださいませんか? ジュリー嬢には、僕が直接、思いを伝えたいので。とはいえ、それがいつになるかは分かりませんが」
カイル殿下のはにかむような笑顔に、私は思わず照れてしまう。
殿下の思いには応えられないけれど、気持ちはすごく嬉しい。
「勿論ですよ、カイル殿下。貴方の思いは決して誰にも言いません」
相手が私でなければ『殿下の恋を応援しています』とでも言っただろう。だけど、叶える気のない恋を応援するのは無責任だと感じたため、その言葉を飲み込んだ。
「それでは悪魔憑きは倒しましたので、これにて失礼します」
私はアンサム様を殿下に任せて、レディーナを探しに行った。
そして彼女を見つけると、精霊の力で消された記憶を元通りにした。
◆◆◆
あぁ、クソッ!
結局、賢者に悪魔祓いされてしまった。
折角、クソ王子の記憶を消し去るチャンスだったのに。
それどころか、キャリーの記憶まで復活してしまった。
今後、あの女に揶揄われ続けるのかと思うと、殺意が湧いてくる。
俺は悪魔祓いされた後、医務室へ運ばれたようだ。
上体を起こして周りを見回すと、なぜかキャリーが俺のそばに座っていた。
「アンサム様、これ。カイル殿下から預かった、ブレザーと眼鏡です」
渡された眼鏡をかけて、ブレザーを着る。
よりにもよって、起きて早々にこの女の顔を見ることになるとは。
気分は最悪だ。
「……それでは」
「あっ! 待ってください!」
立ち上がって帰ろうとする俺の手を、キャリーが掴む。
振り返って睨みつけると、キャリーは頭を深々と下げていた。
「アンサム様、すみませんでした!」
今更、何のつもりだ?
警戒して睨み続けると、キャリーは続けて弁明しだした。
「私は、アンサム様に嫌な思いをさせたかったわけでも、ましてや趣味を馬鹿にしたいわけでもありません。だけど嫌な思いをさせてしまって、本当に……本当にすみませんでした」
「だったら、何のつもりで俺の趣味を暴いたんですか?」
「それはズバリ、アンサム様と一緒にロマンス小説について語り合いたかったからです!」
……は?
目を輝かせて断言するキャリーに、拍子抜けして呆れる。
「だってアンサム様が読まれている小説、私も大好きですから。『秘匿の勇者達』も『美魔女と魔獣』も面白いですよね! 一緒に語りましょうよ。あ、勿論アンサム様の秘密が漏れないように、二人きりの時しか話題にしませんし、当然この事は誰にも言いません」
「それだけ、ですか?」
「はい。もしかして……嫌、ですか?」
恐る恐る、俺の顔色を伺う。
その様子からして、本当にそれだけなのだろう。
怒っていたのが馬鹿らしい。
「……仕方ないですね」
ロマンス小説で語れる相手がいなかったし、この女の話し相手になってやってもいいか。
その後、俺はキャリーとロマンス小説の話をしながら、学校を後にした。
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ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この物語は今回でひとまずの最終回となります。
(ただ、気が向けば続きを書くかもしれません。その際、読んでくださればとても嬉しいです。)
最後に、評価・いいね・ブクマ等で応援してくださった方、この物語を楽しみにしてくださった方、本当にありがとうございました。




