アンサム様が悪魔憑き?
(ねぇ、ワイティ。本当に悪魔憑きがいると思う?)
(わからないわ。でも、記憶が消えたのは悪魔憑きのせいな気がするの)
私の中にいる光の精霊と念話しながら、放課後の校内を歩き回る。
カイル殿下の話だと、記憶を消す悪魔憑きがいるらしい。
だけど探し始めて小一時間経った今も、悪魔憑きらしい人は見当たらない。
(ワイティ。貴方は悪魔憑きの見た目を覚えている?)
(いいえ。私もさっきの話で、自分の記憶からもなくなっていることに気づいたの。精霊の記憶、それも悪魔憑きの記憶が消えるなんて、普通じゃ考えられないよ)
(じゃあ、ワイティの記憶までなくなったのは、私の中にいたせいかしら? そのせいで私が記憶と一緒にワイティの記憶も同時に消されたってこと?)
(そうかも。だって私も、ユミルっていう人のことが思い出せないもの。ジュリーと同じような記憶の消え方だし、どう考えても不自然だよ)
ワイティと話していて、ますます悪魔憑きの仕業としか思えなくなった。
でも赤と黒を基調とした見た目の人は、どこを探してもいない。
もしかして悪魔憑きは、世界樹を狙いに行っているのかしら?
だとしたらもう学校から離れているかもしれない。
そんなことを考えながら中庭を歩いていると、校舎付近の植え込みに何かが落ちてあるのを見つけた。
「これって…?」
落ちていたものを手に取る。
どうやらアイマスクとブレザーのようだわ。
ブレザーは大きさからして、男性用かしら?
どちらも禍々しく感じるような黒色をしている。
「なんで、こんなところにブレザーとアイマスクが?」
不気味なほどに黒いそれらを見ていると、ふと、あることを思い出した。
悪魔憑きは確か、見た目が黒と赤なのよね?
もしこのアイマスクとブレザーを身につけていたら、悪魔憑きっぽい姿になるのでは?
狡猾な悪魔憑きが、その姿を誤魔化すためにこれらを外して捨てたのであれば、校内を探しても見つけられない理由にも説明がつく。
……そういえばアンサム様とさっきお会いした時、ブレザーを着ていなかったわよね?
眼鏡をかけていなかったのも、眼鏡がアイマスクに変わったからだとしたら?
そういえばアンサム様は、赤黒い本を持っていたわ!
それにアンサム様が本で頭を叩いた時、誰かの顔が思い出せなくなった気がする。
──まさか、アンサム様が悪魔憑きなの?
だからあの時、レディーナがいたから早々に立ち去ったのかしら?
レディーナが悪魔憑きの記憶がなかったのも、私と同様に本で殴られたから?
憶測の域を出ないけれど、一度アンサム様に会って確かめる価値はありそうね。
とりあえず、このことをレディーナ達に報告しよう。
私は落とし物の回収の意味も含めて、ブレザーとアイマスクを持って生徒会室へと移動した。
◆◆◆
生徒会室に着くと、レディーナとカイル殿下が先に戻っていた。
それに加えて、キャリーも遊びに来ている。
「おかえり、ジュリー。どうだった?」
「残念ながら、悪魔憑きを見つけられませんでした」
それを聞いたレディーナと殿下は、肩を落とす。
「やっぱりか。私達もだよ。悪魔憑きの仕業かもっていうのは考えすぎだったんじゃね?」
「そうとは言えません。悪魔憑きは見かけませんでしたが、代わりにコレを見つけました」
私は手に持っていたアイマスクとブレザーを差し出すと、二人は考えるように眉を顰めた。
「これは…?」
「中庭の植え込みに落ちていました。コレが悪魔憑きのものという可能性はありませんか?」
「確かに、それはあり得そうだね」
「このブレザー、男物っぽいな。ブレザー着ていない野郎が持ち主なんじゃね?」
「それなんですが…」
「ねぇ、このブレザーってアンサム様のじゃないかな?」
私が話そうとしたことを、先にキャリーに言われてしまった。
「アンサム様とさっき会った時、ブレザー着ていなかったよ」
「そういや私達が会った時もブレザー着てなかったよな、アイツ」
「はい。なので私もアンサム様が悪魔憑きになったのではと思い、相談しに戻ってきました。ところでキャリー、貴女は悪魔憑きがどんな姿だったか覚えているかしら?」
「当然だよジュリーちゃん! 悪魔憑きは……あれ?」
目線を上にして考え込んでいることから、彼女も記憶を失っているのは一目瞭然だ。
「もしかしてキャリーも、アンサム様に赤黒い本で叩かれたんじゃないのかしら?」
「ジュリーちゃん、どうしてそれを?」
「やっぱりね。きっとその時に記憶を消されたのよ」
「そっか。アイツがいきなり本で叩いてきた理由は、私達の記憶を消すためだったんだ!」
「そういえばさっき、アンサムは眼鏡を無くしたって言ってたよね? このアイマスクって、アンサムの眼鏡が変化した物なんじゃないかな?」
「じゃあ、アンサム様が悪魔憑きになったってことなのかな?」
「多分ね。それを確認するためにも、アンサム様に直接会うのが一番早いと思うわ」
「なるほどな。だったら私がアイツに会って確かめてくる! ジュリー達は、アイツを見つけたら生徒会室に来るように言ってくれ。ただし、絶対にアンサムに悪魔憑きになったのか問い詰めたりするなよ? 万が一、悪魔憑きだったら記憶を消されるからな」
「はい!」
「わかりました!」
私達は再び、生徒会室を後にした。
◆◆◆
非常事態だ。
今が、今世で一番追い込まれているかもしれない。
まさか俺を追い込む相手が、賢者ではなく悪魔憑きだとは。
俺は男子トイレの個室に篭りながら、アンサムに見つからないように祈っていた。
あのまま生徒会室にいたらアンサムや他の奴らが戻ってきそうだと思い、トイレに移動したが、移動して正解だった。
アンサムはあれから校舎内を隅々まで探している。
一度探した生徒会室ですら何度も確認し直すくらい、俺に対する執念が強い。
(クソッ! 性悪ユミルのやつ、どこへ消えたんだ? レズ賢者が出たからさっさと記憶を消したいのに、相変わらずムカつく奴だ。俺をてこずられた罰として、アイツの記憶は全部消してやろう)
記憶を全部消されるのはマズい。
今、記憶が消えたら確実にアンサムに正体がバレるだろう。
しかも自分が何者か忘れてしまったら、なぜこの世界にいるのか分からないまま永遠にこの世界で転生し続けることになる。
(いい加減、諦めてさっさと世界樹を狙いに行け! 何をモタモタしているのだ!)
(だから、そう急かすな。どうせ貴様は暇だろ? まだ賢者に気づかれていないのだから、性悪王子の記憶を消すくらい待ってもいいだろ。それとも、奴の記憶を消すのになにか不都合でもあるのか?)
考えを見透かしたような問いに、ドキッとする。
(別に、そういうわけではないが…)
(なら、問題ないな)
アンサムは俺のことを気にも止めずに、捜索を続けた。
そして再び、俺がいる男子トイレの中に入ってくる。
(チッ、やっぱりいないか。全く、あの性悪王子め。もしかしてアイツ、俺の正体に気づいて隠れているんじゃないか?)
その通りだ。
と言いたくなったが、今はそれどころではない。
俺は息を潜めて、アンサムがトイレから出ていくのを待つ。
(…ん? ちょっと待てよ。前にこの階のトイレに来た時も、ここの個室に誰か入っていたよな? もしかして、この中にいるのか?)
最悪だ。気づかれてしまった。
(中の奴が出てくるまで、待ってみるか)
絶体絶命とは、このことを言うのだろう。
出たら確実に記憶を消されるし、出なくても強引に扉を開けられたら、終わりだ。
僅かな望みをかけて諦めるよう祈る。
だが小一時間経っても、トイレから移動することはなかった。
(それにしても、中の奴はなかなか出てこないな。お腹でも下しているのか?)
するとアンサムは突然、俺が入っている個室トイレをノックしだした。
「大丈夫ですか?」
穏やかな口調だが、俺にとっては死神の囁きのように感じる。
最早、ここまでか?
──諦めかけたその時、トイレに誰かが入ってきたようだ。
◆◆◆
アンサム様が悪魔憑きかもしれない。
その事をレディーナに伝えたとはいえ、彼女だけに任せるのはリスクが高い。
彼女が記憶を消された時のことを考えて、私も変身しておいた方がいいだろう。
そう考えた私は、生徒会室を出てみんなと離れた後、女子トイレへ入ってフィーネに変身した。
(でもジュリー。フィーネがいる理由はどう説明するの? 悪魔憑きが出たって騒がれる前に現れたら、怪しまれない?)
(大丈夫。前にフィーネがジュリーにサインをあげる約束をしていたでしょ? それがたまたま今日だったってことにすればいいのよ)
トイレから出た私は、窓から反対側にある校舎の屋上へと飛び移り、そこから学校内を見下ろす。
ここだと、中庭や正面にある校舎の中がよく見える。
「……いないわね。こっちの校舎だったのかしら?」
今度は正面の校舎の屋上へ飛び移って、さっきまでいた校舎の中を確認する。
するとアンサム様が階段を降りている姿が見えた。
「いた!」
アンサム様は階段を降りてすぐ近くにある男子トイレの中に入った。
困ったわね。よりにもよって男子トイレって…入りにくいじゃないの。
仕方ない。トイレの近くでアンサム様が出てくるのを待とう。
私は彼が入った男子トイレの入り口付近で待機した。
小一時間後。
そのうち出てくるだろうと思っていたけれど、一向に出てくる気配がない。
中を覗いてみようかしら?
いえ、そんなこと恥ずかしくてできない。
中に入れずに立ち往生していると、そこにカイル殿下が現れた。
「あれ、フィーネ様? なぜこちらに?」
「実はジュリー嬢にサインを渡しに来たのですが、その際、アンサム卿が悪魔憑きになったかもしれないと聞き、急遽彼を探していたのです。アンサム卿は現在こちらの男子トイレに入っているのですが、なかなか出てこないため困っているのです」
「なるほど、それなら僕が代わりに呼びます。フィーネ様はこちらでお待ちください」
「ご協力感謝します。相手は悪魔憑きかもしれないので、くれぐれもお気をつけて」
カイル殿下が中に入ると、私はトイレの壁に近づいて聞き耳を立てた。




