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水の賢者様

「ダドリー、出てきなさい! 私が成敗してあげるわ!」


フィーネに変身してブーケのもとへ行くと、案の定、彼女は悪魔憑きになっていた。

悪魔憑きになった彼女は、学校を踏み潰せる程の大きさになり、身体はマグマのように熱くドロドロとしていた。


ブーケはダドリーを探すように、しゃがんで足元にある学校を覗いている。


「ブーケさん、落ち着いて! このような事をしては、ご友人のジュリー嬢が悲しむのではないのでしょうか?」

私は彼女の目の前へ移動して、いつものように説得を試みた。


「ジュリーは十分悲しんでますよ! アホなダドリーのせいでね!」

やっぱり駄目か。


でも困ったわね。

悪魔憑きになったブーケは強いから、他の二人の賢者がいないと勝てない。

二人はまだなの? と思っている間に、二人がこちらに向かって来ているのが見えた。


「フィーネ、フィーネ、フィーネ〜!! 会いたかったよマイ・スウィート・レディ!」

水の賢者・レディーナはいつものように、私に抱きついてきた後、ブーケの方を見た。


「ブーケ、今回も派手に暴れてるなぁ。まぁ、理由がアレだから仕方ないけど」

「……彼女には同情するよ。ダドリー卿を見つける前に、悪魔祓いをしよう」

ウイン様がそう言ってブーケに立ち向かおうとしたその時、なぜかレディーナは引き留めて何かを話し始めた。


「ちょっと待て! あのさぁ、そのことなんだけど……」

彼女にしては珍しく歯切れが悪い。


「今回はさぁ、ブーケの気の済むまでやらせてやらせてみないか?」

「えっ?」


聞き間違いかしら?

いつもの彼女らしくない発言に、私は耳を疑った。


「私、噂で聞いたんだけど、ダドリーって浮気した上に婚約者のジュリーを一方的に捨てたらしいぜ。だからジュリーの友達のブーケは、あんなに怒ってるんだって。今回ばかりは、ダドリーも痛い目に遭った方が懲りるんじゃない?」


その話、レディーナも知っていたの?

夜会での出来事だし、貴族までしか話は広まっていないと思っていた。

レディーナは平民の女の子って感じがするから知らないと思っていたけど、そこまで噂が広まっていたなんて。

案外、ブーケに夜会のことがバレるのも時間の問題だったのかもしれないわね。


「……確かに、ダドリー卿は一度痛い目に遭った方が良いと思う。僕だって、彼のしたことは許せない!」


ウイン様が、珍しく怒っている?!

二人とも、今日は少し変よ。

このままブーケを放っておくつもりなの?


「だけどジュリー嬢は、ブーケさんがダドリー卿を懲らしめるのを望んでいないんじゃないかな。ただでさえ婚約者に酷い目に遭わされた上に、友人が悪魔憑きになって暴れ回るなんて、ジュリー嬢はとても悲しむと思うよ」


その通りです、ウイン様。

そこまで私の気持ちを理解してくれるなんて、やっぱりウイン様は素敵だわ。

私だってダドリーは許せないけど、私のせいでブーケが悪魔憑きになるのは、もっと許せない。


「そっか……そうだよな。私、ジュリーがどう思うかなんて考えもしなかった。今回の件で一番の被害者はジュリーだもんな。被害者(ジュリー)のことまで考えられるなんて、お前はやっぱりいい奴だよ」

「ま、まぁね!」


よかったわ。

二人とも戦う気になってくれた。

気を取り直してブーケを悪魔祓いしよう! と思ったのだけれども、私達が話し合っている間にブーケがいなくなっていた。


「あれ、ブーケさんは?」

辺りを見回すと、ブーケは学校から離れて、一直線にどこかへ向かって歩いているようだった。


「まずい!あの方向、目的は世界樹だ!」


悪魔王の狙いは世界樹だ。

世界樹とはこの世界のエネルギーの結晶で、悪魔王は世界を滅ぼすために、この世界のエネルギーを奪おうと企んでいる。


「急いで止めるわよ!」


私は光の精霊の力で、ブーケの目に強烈な光を放つ。

するとブーケは眩しさのあまり、その場で立ち止まった。


次に、レディーナが水の精霊の力でブーケに滝のような水を勢いよくかけて、マグマ状の身体を冷やす。

そしてウイン様が風の精霊の力で、レディーナが冷やした部分に竜巻のような強風を当てて、ブーケの身体を凍らせた。


だけどブーケの身体が大きくて、全身を凍らせるには時間がかかる。


「止めないで! 賢者様たち!」

ブーケはまだ凍っていない左手を振り回して、私達を追い払おうとした。


その左手が勢いよく当たり、私は地面に叩きつけられた。

それと同時に、私はブーケのマグマ状の粘液に覆われて身動きが取れなくなった。


「熱っ!!」

この粘液、骨が溶けそうなくらい熱い。

精霊の力のおかげで火傷にすらならずに済んでいるけど、変身していなかったら一瞬で灰になっていただろう。


私は熱いのを我慢してマグマ状の粘液から抜け出そうと足掻くも、弾力が強くて抜け出せない。


駄目。

このままじゃ、変身が解けてマグマの餌食になっちゃう!

絶望を感じたその時、マグマの中で誰かの手が私の手を掴んで引っ張り上げた。


「フィーネ! 大丈夫?」

私を引っ張ってくれたのはレディーナだった。

その後ろには、ウイン様がレディーナを引っ張るように彼女の腰を掴んでいた。


「ありがとう、レディーナ。それからウイン様」

「よかった、フィーネが生きてて! 私、すっごく心配したんだから!」

レディーナは、マグマから抜け出した私を強く抱きしめた。


私を慕ってくれる気持ちは嬉しいけど、正直、彼女の気持ちがたまに暑苦しく感じる。

きっと彼女はプライベートでもフィーネフィーネって言っていそうだわ。

フィーネの熱狂的なファンの女の子を調べれば、彼女の正体は一発で分かるのでしょうね。

そんなこと、死んでもしないけど。


「さっきのレディーナ様は凄かったよ。『私のフィーネに何をするんだー!』ってブーケさんに勢いよく飛びかかって、あっという間に倒しちゃったんだからさ」

「そうなのですか?」


周囲を見回すと、凍ったマグマの破片が街中に散らばっていて、近くには悪魔祓いされたブーケが横たわっていた。


「ブーケ! ……さん!」

私はブーケに近寄って、彼女を抱き起こす。


「ぅん………あ、れ……?」

ブーケは意識を取り戻した。


「すみません。また私、悪魔憑きに…」

「いいのよ、ブーケさん。今は安静にして」

するとブーケは安心して、私の腕の中で再び眠った。


「それよりフィーネ、街を元に戻すよ。できそう?」

「もちろんよ」


私はブーケをそっと置くと、立ち上がってレディーナ達と一緒に街を元に戻した。


そしてブーケを医務室へ運ぶと、誰も見ていないのを確認して変身を解除した。



◆◆◆



「嗚呼、今日もフィーネ成分を補充できて幸せだった」

俺は男子トイレで変身を解除すると、ブルが目の前に現れて、冷たい眼差しで俺を睨んだ。


「ジャズさん。同性に変身しているのをいいことに、執拗に抱擁するのはいかがなものかと思いますよ。私はセクハラに加担したくはないのですが…」

「そう堅いこと言うなって。精霊サマはケチだな」


「ケチだとか、そういう次元での話ではありませんよ。モラルの話です」

「はいはい、わかったよ。今度からハグは1日一回だけにしまーす! …これでいいか?」

「貴方が有言実行するとは思えませんが。どうせこの前のように、気づけば1日一回から1時間に一回に変わっているのでしょう?」


相変わらずブルは口うるさいな。

お前は俺のオカンか。


「それはそれとして、フィーネ様に抱擁していて虚しくならないのですか? いくら愛を囁いても、レディーナの姿では彼女との恋が実ることはありませんよ?」

「うるせぇな! そんなこと、わかってるよ!」


せめて普通に男のまま変身できれば、もう少し可能性があったのに。


それでも、最初は普通に男のまま変身していた。

だけど賢者になってすぐに、親父に一発で正体がバレたせいで、女に変装せざるを得なくなった。

一発で正体を見抜いた親父が憎いとも思ったが、今は今で美味しい思いができるし、まぁ良しとしよう。


「それに文句があるんだったら、ブルも俺がフィーネと付き合えるように手伝えよ!」

「そう言われましても。第一、ジャズさんとフィーネ様が接点を持つこと自体が難しいのではないのでしょうか?」

「うるせー! んなこたぁ、わかってんだよ!」


フィーネがいる、ということは必然的に悪魔憑きも近くにいることになる。

悪魔憑きがいる、ということは俺もレディーナに変身しなければいけない。

どう考えてもフィーネと会えるのはレディーナでしかない。

…いや、待てよ?


「もしかして『フィーネ様が現れた時に、あえて悪魔憑きを無視して本来の姿で会いに行こう』だなんて考えていませんよね」

同じタイミングで同じことを考えつくなんて、さすが俺の相棒だ。

だけど…。


「それは駄目だな」

「そうですよね、ジャズさん!」

「だって変身しなきゃフィーネに抱きつけねぇじゃん」

「……期待した私が愚かでした」

ブルは遠い目をしながらため息をついた。


「でしたら、せめてレディーナに変身している時に、ジャズさんの良いところをアピールするのはいかがでしょうか?」

「おっ、いいじゃねーか! やるじゃん。さすが水の精霊サマだぜ!」


次にフィーネに会ったら試してみよう。

そんな事を考えながら、俺は生徒会室へと戻った。

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