みんな女になれ
『………わかりません』
『僕は、ジュリー嬢は魅力的な女性だと思っているよ』
「…………はぁ〜…」
アンサムにユミル兄上の付き添いを交代してもらって、ジュリー嬢達のいる湖のほとりへと向かう道中。
僕は、少し前の出来事を思い出しては、その度にため息をついていた。
きっと側から見た僕は、歩きながらため息をつく変人なのだろう。
(あぁ〜、もう! いつまでも落ち込むな!)
僕の中にいる風の精霊様が、苛立ちながら窘めた。
(でも、だって…)
(『でも』も『だって』も禁止だ! 何度でも言うが、ジュリーがユミルを好きって決まったわけじゃないだろ!)
(そうだよ? だけど両思いになるのは時間の問題だよ。僕の入る隙が見当たらない)
(『だけど』も禁止! 入る隙がないんだったら力ずくで作ればいいだろ。せっかくアンサムだって協力してくれてんだから、もう少し頑張れよ! アイツがお前の代わりにユミルの付き添いをする理由は何だ? お前がジュリーと少しでも一緒にいれる時間を作るためだろ!)
(それは分かってるよ。僕だって、彼女を諦めたくない。諦めたくないからこそ、2人がくっつきそうで絶望しているんだよ)
(その絶望を現実にしたくなかったら、さっさと気持ちを切り替えな! ジュリーだってウジウジしている奴は嫌だと思うぞ)
(わかってる。でも…だけど………はぁ〜…)
(ダメだこりゃ)
鬱々としながら歩いていると、ジャズさんとロックくんが湖で泳いでいるのが見えた。
その反対側に、ジュリー嬢とブーケさんが長机の席に座っている。
(ほら、あそこにお前の大好きなジュリーがいるぞ。あの娘の前でも、そんな暗い顔するのか?)
(…しないよ)
僕は、ボートでの出来事を思い出しながらも、憂鬱な気持ちを誤魔化すように笑顔を作ってジュリー嬢達のもとへ向かった。
「おーい! 2人とも、お待たせ!」
僕が呼びかけると、2人は手を振ってくれた。
が、その顔は段々と険しくなる。
そんな2人の表情に、僕は一抹の不安を感じた。
「どうしたの?」
「カイル殿下! あちらに…湖に…!」
2人は目を大きく見開いて、湖を指さす。
その先を目で追うと、そこには黒くて小さな島のようなものが、湖から浮き上がっていた。
いや、アレは島なんかじゃない。
それは大きくなったと思ったら、鯨のような顔が湖から現れた。
「悪魔憑きだ!」
鯨の悪魔憑きは頭から噴水のように潮を出す。
その潮と一緒に、茶髪の女性が飛び出てきた。
もう悪魔憑きの被害に遭っている人がいる。
急いで変身しに行かないと。
「みんな、みんな、女になれ!」
この声、もしかして悪魔憑きはロックくん?
悪魔憑きは岸にいる人々に向かって、まるで雨のように潮を大きく吹きかける。
その潮の雨に、ジュリー嬢も、ブーケさんも……もちろん僕も濡れてしまった。
と同時に、僕達の身体はみるみるうちに変化していった。
「ジュリー嬢、ブーケさん、その姿…!」
彼女達は僕を見下げる程に身長が伸び、体格のいい男性そのものになっていた。
ジュリー嬢は彼女のお兄さんにそっくりで凛々しい。
ブーケさんはロックくんに似ていたが、彼より男性的で、身長も高そうだ。
性別が変わったことで服がパツパツでシュールな風貌だけど、服装を変えたら二人はかなり男前な部類に入ると思う。
「そういうカイル殿下だって、変わってますよ!」
ブーケさんの太い声で自分の姿を振り返る。
どうやら彼女達の身長が伸びたように感じた原因は、僕にもあるようだ。
着ていた服は少しぶかぶかになり、手や腕も細くなっている。
なるほど、今回の悪魔憑きの能力は性別を変える能力か。さっき鯨の頭から噴水のように出てきた女性は、きっとジャズさんだったのかもしれない。
何はともあれ、この程度の能力で良かった。
もしフィーネ様が操られていた時のような能力だったら、変身できないところだった。
(おいカイル、まずいぞコレ!)
ところがグーリン様は、急に焦り始めた。
(どうしたのですか?)
(だって、今のままだと変身できないだろ?)
(何故ですか?)
(よく考えろ! 女の姿で変身したら『ウインが女になっている=女にした奴の中にウインがいる』って教えるようなもんだ! 変身したら最悪、正体バレるぞ!)
その発想はなかった!
グーリン様の指摘で、僕も内心、焦り始めた。
「あぁ〜!! ムカつく! お前ら、男の僕より男前になってるじゃん!」
ロックくんは、そんな僕ら…いや、ジュリー嬢達を見て、発狂したように飛び跳ねる。
「だったら戻しなさいよ! その声、ロックでしょ?」
ブーケさんが威勢のいい声でロックくんに凄むと、ロックくんは二人に狙い撃つように潮を吹きかける。
すると二人の姿は、元の女性の姿へと戻った。
この手があったか!
「ねぇロックくん。僕も元の姿に戻してよ」
そしたら変身して悪魔祓いができる。
「やだね! 男はみ〜んな、女のままでいればいいんだ!」
「そんな…!」
「さっきのことを気にしているのはわかるけど、そんなことをしても、アンタが男らしくなるわけじゃないのよ? カイル殿下を戻してあげて」
「うるさい、うるさい! 強くて、背が高くて、男らしい男は、存在自体がムカつくんだよ! この湖にいる男は全員、女にしてやる!」
ロックくんが吠えるように叫ぶと、岸辺に他に男性がいないか探し出した。そして見つけるや否や、狙い撃つように、次々と潮を吹きかけて女性にしていく。
「やめるんだ、ロックくん!」
僕は彼を追いかけ、説得するフリをしながら、彼の潮に当たろうとした。
だけど潮に当たったところで、また潮を当てられて女性に戻されてしまう。
どうしよう。
このまま賢者が不在だと被害が拡大する。
正体がバレるのを覚悟して変身しようか?
と考えていた矢先に、レディーナ様が現れた。
レディーナ様は大きく飛び跳ねると、ロックくんの頭に目掛けて勢いよく踵落としをした。
「痛っ! 何するんだよアンタ!」
「悪魔祓いに決まってんだろ! この野郎、大人しくしやがれ!」
「女のくせに、言葉遣いのあらい奴だな」
「うるせぇ! 男だとか女だとが、ごちゃごちゃ言ってるお前だって、よっぽど女々しいだろうが!」
「なんだと!」
ロックくんは怒りで我を忘れ、彼の標的はレディーナ様へと移った。
レディーナ様は大きな身体のロックくん相手に、怯むことなく果敢に立ち向かう。
だけどロックくんは、大きな尻尾でレディーナ様を地面にぶつける勢いで叩いた。
叩きつけられたレディーナ様は、まっすぐ僕の方に向かって飛んでくる。
危ない!
咄嗟の出来事に僕は逃げる間もなく、目を瞑って身構えた。
ドン!
と地面に叩きつけられるような音が響いたが、レディーナ様がぶつかるような衝撃はなかった。
僕は恐る恐る目を開けると、誰かが僕を抱き抱えて庇ってくれていた。
助けてくれたのは、フィーネ様だった。




