ナンパお断り
暖かい日差しが降り注ぐ、午後のクリー湖。
私とブーケは、湖で泳ぐロックとジャズ先輩を見つめながら、岸から少し離れたところにある長椅子に座ってサンドイッチを食べていた。
「二人とも元気よねぇ。あんだけ泳いでいるのに、全然疲れてなさそうなんだから」
ブーケは半ば呆れたように笑っている。
「キャリーが噛まれたのに、気にせずに湖に入れるなんて、ある意味凄いわよね」
それに湖の奥の方まで泳いでいそうだけど、途中で疲れて引き返す前に溺れたりしないのかしら?
想像しただけで肝が冷える。
「ねぇ、ジュリーはどうして泳ぐのが怖いの?」
「それわね…」
ロザリアの名前を出そうとしたが、言葉を飲み込んだ。
ここでロザリアにネックレスを池に投げ捨てられた話をしたら、またブーケが怒って悪魔憑きになってしまう。
「…実は、大切なネックレスを池に落としてしまったことがあったの」
私はロザリアのことを伏せて話すことにした。
「池の中に入ってネックレスを探したのだけれど、見つけて取り出した瞬間……手やネックレスに、ナメクジのような生き物が、びっしりついていたの!」
「キャァー!」
ブーケは、鳥肌を立てて顔を青くした。
その表情は、まるで深夜に怪物に襲われたかのようだった。
「ちょっと、驚かさないでよ! 私まで湖に入れなくなっちゃうじゃない!」
「そう言われてもねぇ。本当にあった話だもの」
「…それは災難だったわね。ジュリーが入りたがらない気持ちがよくわかったわ」
憐れむような眼差しで、私を見つめるブーケ。
「今日は無理して泳がなくていいから。できることは限られてくるけど、こうして一緒にいるだけでも楽しいし、とことんジュリーに付き合うわ!」
「ありがとう、ブーケ」
私は本当に素敵な友人に恵まれたわ。
彼女の気遣いに、嬉しくてつい笑みが溢れる。
ブーケと他愛もない会話をしていると突然、見知らぬ男性二人が近づいてきて、勝手に私達の隣に座ってきた。
「うわぁ〜、二人とも可愛い!」
「ねぇ、君たち今ヒマ? 俺らと一緒に遊ばない?」
なに、この人達。
もしかして、ナンパのつもりなの?
どちらにせよ、勝手に座ってきて迷惑だわ。
「お断りします。勝手に隣に座らないでいただけますか?」
私は凄みながら彼らを睨みつける。
今に限って、怖がられやすい見た目で良かったと感じた。
「へぇ〜、気が強いところも可愛いね! 俺、結構好きかも!」
あれ…?
いつもなら睨むだけで怖がって離れていくのに、この人達は怖がるどころかグイグイ近寄ってくる。
「俺らレイムリアル帝国から旅行でこっちに来てんだけどさ、こっちの国のこと色々教えてくんない?」
なるほど、彼らが私を怖がらない理由はソレね。
レイムリアル帝国の人は、私のような黒髪で赤い瞳の女を見ても、悪魔憑きに似ているとは感じないらしい。
逆に藍色の髪と瞳を持つアンサム様であれば、悪魔憑きと勘違いして逃げてくれたかもしれない。
「この国のことが知りたいのであれば、他の人に聞いてください」
「まぁまぁ、そう言わずにさ」
冷たくあしらっているのに、しつこく言い寄ってくる。せっかくの楽しかった気分が台無しだわ。
私が仕方なくブーケと一緒に席を離れようとした、その時。
「ねぇ、姉ちゃん。コイツら、誰?」
現れたのは、ロックだった。
ロックは見知らぬ男性に、眉を顰めている。
そんな彼を見た男性達は、警戒するどころか一段と明るい表情になり、立ち上がってロックに近づいた。
「うおぉ! この娘、超美人じゃん!」
「俺、この娘タイプだ!」
男性二人はどうやらロックを女の子と勘違いしているようだ。ブーケと私はそっちのけで、ロックを見つめている。
…彼らに好かれたいとは思わないけど、ロックに女として負けた気がする。
「ねぇ君、この娘達の友達? 俺らと一緒に遊ばない?」
「『姉ちゃん』ってことは、どっちかの妹?」
「はぁ? きも。っつーか、僕は男だし」
すると男性二人は大笑いして、ロックの頭をポンポンと撫でた。
「アハハハハ、そうかそうか、男の子かぁ」
「強がっちゃってるのも、可愛いねぇ〜。でも、男の子にしては身長がちょ〜っと小さすぎたかな? ハハハハ」
その様子からして、ロックが男だと信じていないようね。
「ふざけんな! 男だって言ってんだろ! 勝手に頭触ってくんな!」
ロックは右手で握り拳を作ると、男性の顔に向かって殴りかかる。
だけど男性は馬鹿にするように笑いながら、ロックの腕を簡単に掴んだ。
「ダメだよ〜? 女の子が暴力なんか振るっちゃ」
「そーそー。力じゃ、男には勝てないんだからさ」
「だから、僕は男だ!」
「はいはい。そーゆーのは、もういいから。あんまり強情すぎると、俺達キレちゃうよー?」
男性は口調こそ穏やかだが、ロックを見つめる目は氷のように冷たかった。
その鋭い目と圧に、ロックは怯んで後退りする。
だけど男性に腕を掴まれてせいで動けず、顔が強張っていた。
「おいロック、お前なにしてんだ?」
そこに現れたのは、ジャズ先輩だった。
先輩が現れた途端、男性達は眉間に皺を寄せて舌打ちをした。
「なんだよ、男連れか」
「あー白けた。いこうぜ」
男性達は逃げるように、どこかへ行ってしまった。
何はともあれ、ナンパから解放されて良かったわ。
「なんだ、アイツら?」
状況が理解できていないジャズ先輩は、去っていった彼らを呆然と眺めた。
一方のロックは、男性達が去った後も表情が固く、俯いて握りしめた拳を肩から落とすように下げた。
「どうした、ロック?」
ジャズ先輩が心配して顔を覗くと、追い払うようにその顔を押し返した。
「ほっといてくれ!」
ロックの声は荒々しく、そして震えていた。
「ロックったら、相当ショックを受けているわね。ジャズ先輩、今はそっとしてあげてください」
「へ? なんかよくわかんねぇけど…わかった」
私達は心配するようにロックを見つめていると、彼は俯いて嗚咽しながら、湖へと走っていった。
「あの子、大丈夫かしら?」
ブーケは心配の声を漏らすも、ただ見守ることしかできなかった。
◆◆◆
(悔しい! 僕だって、男なのに!)
「ところで、アンサム様。翼竜車で読んでいた小説って、どんな小説だったんですか?」
「賢者様と悪魔王がモデルの、新作小説です」
…うるさい。
(全然、力で敵わなかった! 女みたいに扱われて、思い出しただけでもムカつく!)
「へぇ、面白そうですね! 何ていうタイトルなんですか?」
「…ご自身で探してください」
…うるさい!
(僕が何回男だって言っても信じなかったのもムカつく! なんで僕、背が全然伸びないんだろ。顔はまだしも、身長がジャズぐらいあれば馬鹿にされないのに!)
「えぇ〜! じゃあせめて、内容だけでも教えてくださいよ〜!」
「……賢者様達と悪魔王は互いに正体を知らないのですが、実は彼らは私生活では知り合いなのです。賢者同士の関係性と私生活での関係性が全く違うのですが、微妙に彼らの関係性が交錯しているところが、読んでいて面白いのです」
「……ぅるさい…」
色んな声が頭の中に響いてきて、俺を強引に起こそうとする。
その声があまりにも煩わしくて怒鳴りたくなったが、弱々しい声しか出なかった。
そういえば俺は今、どういう状況だ?
確かクリー湖でボートに乗っていたら、そこから落ちて、溺れて…。
ということは、転生したのか?
いや、さっきから聞き覚えのある声が頭の中に響いているから、まだ死んではいないはずだ。
「あっ、殿下! 大丈夫ですか? 心配しましたよ〜」
「起き上がれそうでしょうか?」
瞼をそっと開いて声のした方向を向くと、そこにはキャリーとアンサムの顔があった。
「ここは…?」
「受付の近くにある医務室です。ユミル殿下がボートから落ちて気絶したため、カイル殿下とジュリー嬢がこちらまで運ばれたのです」
なるほど、状況が理解できた。
(あぁ!! もう!! 何でどいつもこいつも、僕を女扱いするんだよ!)
「…っ!」
急に強い怒りの感情が頭に流れてきて、思わず頭を押さえた。
この怒りの主は…ロックか?
なぜ怒っているかは知らないが、今は気分が悪いから勘弁して欲しい。
「あっ、殿下! 無理しないでください!」
「落ちた拍子に頭でも打ったのでしょうか? 俺達に気にせず安静にしてください」
「…ありがとう。そうするよ」
二人の言葉に甘えて、俺は再び目を瞑り、二人から顔を逸らすように横向きに寝た。
だが二人の会話とロックの怒りの念が頭の中で入り混じり、寝ようと思っても眠れない。
(ムカつく! ムカつく!! 女扱いした奴、全員ボコボコにしてやる!)
うるさい。
(アイツらだって、大してデカくないくせに! それに、全然かっこよくもないし!)
うるさい、うるさい!
(ジャズみたいに、デカくて強い男になりたい。そしたらあんな奴らに舐められなくて済むのに!)
「……頼むから、静かに…して…」
「あっ、はしゃいですみません!」
「気をつけます」
違う。うるさいのはキャリー達じゃない。
思わず口に出してしまったが、この場にロックがいなければ意味がない。
せめてキャリー達がここにいなければ、ロックを悪魔憑きにして利用できたものを。
…ん? 待てよ?
今の状況、逆に利用できないか?
悪魔憑きにすると、悪魔憑きにした人物とユミルの視覚と聴覚が入り混じる。
その状態でユミル側と悪魔憑き側で同時に話しかけられた場合、同時に対応できずに必ずどちらかでボロが出る。
だから極力、ユミル側が話しかけられない状況で怒りの加護を与えていたわけだが…それは今の状況にも当てはまるんじゃないか?
このまま寝たふりをしていれば仮にユミル側で話しかけられても無視すればいい。
目を閉じていても不自然には思われないし、悪魔憑きの視界と混じることもない。
万が一、さっきのように悪魔憑きに対して言おうとしたことが口に出てしまっても『寝言』で済ませられる。
しかも、これがうまくいけば、仮に今後俺の正体を勘繰られそうになっても『悪魔憑きが現れた時ユミル殿下は寝ていました』と、キャリー達がアリバイを証明してくれるだろう。
そうと決まれば早速、ロックを悪魔憑きにするか。
(ロック・ジュエルリック。貴様、女扱いしてきた奴らに復讐したいと思わないか?)
(なっ?! 誰だ!)
(貴様達人間が『悪魔王』と呼ぶ存在だ)
(悪魔王? アンタが?)
(貴様が望めば、俺が怒りの加護とともに、奴らに復讐できる力を授けてやろう。その代わり、この国の世界樹を奪い取って俺に差し出すのだ)
(うん、わかった。だからさっさと力を貸して!)
俺が怒りの加護を授けると、ロックは大きな黒い鯨のような姿へと変わった。
コイツはブーケの兄弟だからか、怒り質がいい。
だが能力は『浴びた者の性別を変える潮』か。微妙だな。
(うわぁ! スゲェ、鯨だ! これでもっと泳げる!)
ロックはその姿に興奮して、湖の深いところまで潜り始める。
だが水中深くまで泳ぐところ見せられた俺は、逆に気持ち悪くて吐きそうになった。
(さぁ行け、ロック・ジュエルリック! 貴様を馬鹿にした奴らに復讐しろ。そして世界樹を奪ってくるのだ!)




