クリー湖へ
「わぁ〜、大きな湖! まるで海みたい!」
「わざわざ遠くまで行った甲斐があったわね」
王都から翼竜車で2時間程離れた場所にある、緑豊かなドンモルガ山。
私達はその山にある、クリー湖に遊びに来ていた。
クリー湖の岸辺には色とりどりの野花が風に揺れている。湖面は鏡のように周囲の木々を映し、時折、水中を泳ぐ魚の姿が見えた。
その自然溢れる光景は、見る者の心を癒す。太陽が暖かく、空気がおいしい。
クリー湖は、気候が安定しているためオフシーズンがない。そのため一年中、特に今日のような休日は人で賑わっていた。
「あぁ〜…死ぬかと思った」
「アンタ、大丈夫?」
クリー湖に着いたばかりだというのに疲れ果てて項垂れているのは、ブーケの弟のロックだった。
彼は翼竜車から降りると、その場に倒れるように座り込んだ。
ブーケの一つ年下のロックは、女性の私よりも小柄で可愛らしい。噂では、その大きくて綺麗な瞳の虜になった男性もいるとか、いないとか。
これだけ愛らしいと、キャリーが女装させたがる気持ちも分かるわ。
そもそも今日、みんなでクリー湖へ行くことになったのは、キャリーが『ロックと仲良くなりたい』と言い出したことがキッカケだ。
その話の流れで、私が『生徒会メンバーも含めてお出かけしよう』と提案したため、今日は大人数で遊びに来ている。
それにしても、これだけの大人数が、小さな翼竜車によくおさまったものね。
ユミル殿下にジャズ先輩、アンサム様にカイル殿下、ブーケとロック、キャリー、それから私。
8人も乗せて空を飛べる翼竜は、意外と力持ちだ。
「ロックくん、高所恐怖症だったんだね! そういうところも可愛い♪」
「……可愛いって言うな」
「それより、いつまでもへたり込んでないで、あそこで受付を済ませてボートを借りるわよ」
「わかってるよ、姉ちゃん」
ロックが大きく深呼吸をして立ち上がると、私達は桟橋の近くにある受付まで移動した。
クリー湖の奥のほうには、すでにいくつかのボートが浮かんでおり、そのボートには親子連れやカップルが乗っていた。
中にはボートに乗りながら釣りを楽しんでいる人もいる。
ジャズ先輩がそれを見たら「俺も釣りをしたい」と言い出しそうね。
受付につくと、ブーケが代表で受付の人に話しかけた。
「お客様、本日は何名様ですか?」
「8名です」
「何をレンタルされますか?」
「ボートでお願いします」
「釣り用具や水着はレンタルされますか?」
「水着? って、何ですか?」
「あちらのお客様達が着られているものです」
受付の人は岸辺にいる人達を指さした。
彼らは信じられないことに、少し薄手の服を着て湖の中を泳いでいる。その光景に、私は若干、引いてしまった。
服を着たまま水の中に入って、溺れないのかしら?
百歩譲って下着だけで泳ぐならまだしも、水着とはいえ薄手の服を着たまま泳いだら、服が水を吸って動き辛そうだわ。かといって、下着になってまで泳ぎたいとも思わないけど。
「あっ! いいなぁ〜。僕、泳ぎたい♪」
「俺も俺も!」
嘘でしょ?
ロックとジャズ先輩は、湖水浴に興味深々だ。
「私も! 泳ぐの楽しそう!」
「水着が借りれるのだったら、泳ぐのもいいわね♪」
キャリーとブーケまで泳ぎたがっている。
「でしたら、ボートではなく水着を借りましょう」
「そうだね。事前予約していないから、無理にボートを借りる必要もないしね」
アンサム様とカイル殿下も乗り気だ。
どうしよう。この流れでボートがいいと言い出し辛い。
「今日はボートに乗る予定だったんだし、泳ぐのはまた今度にした方がいいんじゃないかな?」
助け舟を出すようにそう言ったのは、ユミル殿下だった。ボート派が私だけでなくて良かったわ。
「えぇ〜! 却下! 僕、泳ぎたいもん」
「ボートの方こそ、また今度でいいだろ。今日は泳ごうぜ!」
「だけど、泳ぐのに必要な物や、泳いだ後に身体を乾かしたりする物は持ってきてないよね? 準備もなしに泳いだら、後々大変だと思うよ」
「その心配はありません。水着をレンタルされますとタオル等もセットでレンタルできます。それに更衣室もありますし、荷物のお預かりもできますので、気軽に泳ぐことができます」
「…だってよ、ユミル。お前以外、みんな泳ぎたいんだから、ボートは今度にしようぜ」
「だけど…」
「ユミル殿下。もしかして、湖の中に入るのが怖いのですか?」
アンサム様の指摘に、ユミル殿下の顔が強張る。
その表情からして、図星なのだろう。
「えぇ〜! 王子サマなのに泳ぐのが怖いの〜? カッコ悪〜!」
無邪気な顔で嘲笑うロックに、ユミル殿下は悔しそうに俯いた。
「ユミル殿下って、苦手なものはないイメージがあったんですけど、意外と可愛らしいところがあるんですね。湖を怖がる殿下も、それはそれでアリです♪」
キャリーは馬鹿にしたつもりで言ったのではないのだろうけど、ユミル殿下は彼女の言葉に、恥ずかしそうに顔を赤くした。
「大丈夫ですよ、ユミル殿下。浅瀬であれば溺れはしませんから」
気遣うように話すアンサム様だったが、彼がうっすらと笑みを浮かべているのを私は見逃さなかった。
『湖に入るのが怖い』というだけで小馬鹿にされるのは解せないわ。
「ユミル殿下、私もボートがいいので一緒に乗りませんか?」
「えっ、いいの?」
ユミル殿下は顔を上げると、目を丸くして私を見つめた。
「はい。実は私も、湖に入るのが怖いのでボートに乗りたかったのです。ユミル殿下が『ボートにしよう』と言ってくださって助かりました」
「そうだったんだ。こちらこそ助かったよ。ありがとう」
ユミル殿下の安堵したような笑顔に、思わず私もつられて笑顔になった。
「それじゃあ、ジュリーとユミル殿下の二人はボートを、残りのメンバーは水着を借りるけど、それでいい?」
「えぇ。私と殿下の二人は…」
そこまで口にして、ふと気づいた。
ユミル殿下と二人でボートに乗ったら、側から見たらまるで恋人同士のようだわ。
それに、ユミル殿下が本当にウイン様だったとしたら、これはつまり…。
そこまで考えると、急に顔が熱くなった。
「だったら僕も! 僕もボートに乗りたい!」
突然、声を張って意見を変えたのは、カイル殿下だった。
「みんなが泳ぐなら別にそれでもいいかなって思っていたけど、本当は僕もボートに乗りたかったんだ。ついでに釣りもしてみたいしね」
カイル殿下の申し出を残念に思う気持ちと、安堵する気持ちが入り混じる。
きっと、これで良かったのよ。
ウイン様…いえ、ユミル殿下と二人きりになったら、正体を探ってしまいそうだもの。
私はボートを借りると、殿下達と一緒に乗って湖の奥の方まで移動した。




