ユミル殿下がいる理由
「ところでユミル殿下はなぜ、ヤマタイ国の王女殿下と一緒にいらっしゃるのでしょうか?」
私は、殿下がカフェに現れた時からずっと気になっていたことを質問した。
「実はタマモ様がアスタリア王国へ遊びに来られることは、前から決まっていたんだ。予定では来週のはずだったんだけど、こちらの日程調整ミスで、タマモ様は今日ご来訪されたんだ」
「妾達はちゃんと『猪月・猫日・双蛇の時』だと伝えたぞ!」
時刻表示が独特すぎる。これは間違えても仕方がない。日程調整された方に同情するわ。
「しかも本来タマモ様をもてなすはずだったカイルが風邪で寝込んでさ。それで急遽、僕が代わりに歓待することになったんだ。今はタマモ様の『自由に王都を散策したい』という要望に応えて、一緒にお出かけしていたんだ」
なるほど。だからユミル殿下は賢者同士の集まりに来れなかったのね。
「ユミル殿下は今日、他に予定はなかったのですか?」
「あったけど、外国の王女殿下より優先される予定は無いから、仕方ないよ」
確かに、賢者同士の集まりより王女殿下を優先するのは仕方のないことだわ。
良かった。ちゃんと来れない理由があったのね。ウイン様が理由もなくドタキャンするはずがないもの。
…って、ユミル殿下がウイン様とは限らないのに、何を勝手に納得しているのだろう?
「それより、ジュリー嬢はなぜレディーナ様とこんなところにいるの? 二人はどういう関係?」
殿下は不思議そうな顔で、私達の関係について尋ねる。
私達が一緒にいる理由はユミル殿下がよくご存知ですよね?
と言いたくなったが、客観的に考えれば私とレディーナが一緒にいるのは不自然だし、その理由を聞くのはむしろ自然な流れだ。
殿下は正体を悟られないように、あえて理由を聞いたのだろう。
「実は以前ブーケが悪魔憑きになった際、ウイン様に会ってサインを頂きました。その時にウイン様が『キャメル・モーダンに来たら、他の賢者様にも会えるよ』と教えてくださいました。何でも、今日賢者様達はこの店で会う約束をしていたそうです。それで私は、残りの賢者様からサインを貰うため、会いにきました」
「そうなんだ。教えてもらえて良かったね。それで、他の賢者様達からサインを貰うことはできたの?」
「レディーナ様からは先程頂きました。ですがフィーネ様はまだです」
「フィーネとウインはまだ来てないんだ。それにしても二人とも遅いよなぁ」
「本当ですね」
フィーネもウイン様も来れない理由があるから仕方ない。
レディーナには悪いことをしたわね。
「…お二人とも、来られない事情でもあるのでしょうか?」
ユミル殿下は目を丸くして考え込む。
フィーネが来ないことを気にしてくださっているのかしら?
「きっと、やむを得ない事情があるのかもしれません。それか、カイル殿下のように風邪をひいている可能性も考えられます」
「ウインはともかく、フィーネが風邪じゃなかったらいいんだけどな。…あぁ〜、フィーネだけでも来ないかなぁ」
知らないとはいえユミル殿下の前でその言い方は良くないわ。ユミル殿下は気にしてなさそうだけど、内心ではどう思っているのかしら?
そんなレディーナの態度が気になったのか、タマモ様は口を挟んだ。
「話を聞く限りじゃと、ウイン殿は賢者仲間なのであろう? レディーナ殿はウイン殿と仲が良くないのか?」
やっぱり第三者からしても、レディーナのウイン様への態度は素っ気なく見えるようね。
「実は私も先程、同じ質問をレディーナ様にしました。なんでも、レディーナ様はウイン様を嫌ってはいないそうです」
「そーそー! 私の好きな人がウインを好きってだけで。強いて言えば、アイツに嫉妬してる」
タマモ様に説明しながら、ユミル殿下の様子をちらりと見る。殿下はあまり表情を変えていない。『レディーナの好きな人がウイン様を好いている』ということについて、どう思っているのかしら?
「ほほう! レディーナ殿の好きな人じゃと? 面白そうではないか」
タマモ様はレディーナの恋バナに興味深々のようだ。
「それで、レディーナ殿の好きな人とやらは一体どんな人物なのじゃ?」
「よくぞ聞いてくれた!」
レディーナもジャズ先輩の話ができて嬉しそうね。
「その娘は、優しくて真面目で、正義感が強くて……そして何より、一緒の空間にいるだけで癒される。存在そのものが尊いんだ!」
微笑みながらジャズ先輩のことを語るレディーナの顔は、完全に恋する乙女の顔だった。
「レディーナ殿はよほど、その人物が好きなのじゃな。それで、脈はありそうなのかえ?」
「いや、全然。今のところは友達止まりだな。向こうがウインを好きすぎて、私のことは眼中にない感じ」
さっきまで笑顔だったレディーナは、その話になった途端、憂いを帯びた表情へと変わった。
「なるほど…よほどウイン殿は手強い女子なのじゃな」
「へ? ウインは男だけど?」
「ん??」
ウイン様を女だと勘違いしていたタマモ様は、男だと知った途端、目を大きく見開いて固まった。
ヒヒさんもタマモ様と同じように固まっている。ということは、彼もウイン様を女だと思っていたのだろう。
それにしても、なぜ二人はウイン様の性別を勘違いしたのかしら。
少し疑問に思ったものの、その謎はすぐに解明した。
『女性の好きな人』と聞いたら、普通は男性だと考える。
それと同じで、『男性の好きな人』と聞いたら、女性だと思うのがむしろ自然だ。
タマモ様達はしばらく固まった後、何かを察したように口元に手を当てた。
「じゃ、じゃあレディーナ殿の好きな相手は…」
「タマモ様、それ以上は言及しないでおきましょう。ヤマタイ国では同性婚は禁忌ですが、ヒト族はそうではありませぬ故」
「そ、そうじゃったな。危うく無粋なことを聞くところじゃった」
ジャズ先輩が薔薇の人だと察した二人は、戸惑いながらも受け入れたようだった。
「まぁ、そういうことだ。私が友達止まりなのも、それが一番の原因なんだよなぁ。どうしても性別の壁を越えられないというか。まぁ、越えたらそれはそれで色々問題だけど」
確かに、性別の壁は越えるのは難しいわね。
可憐な彼女がジャズ先輩に好かれるには、どうすればいいのかしら。
「だったら、いっそのこと男に変装するというのはどうじゃ?」
「それは一回やったことがある。けど、そんな頻繁に男の姿で会えないしなぁ」
レディーナって、男装したことがあるのね!
キャリーじゃないけど、すごく興味がある。
「それで、相手の反応はどうだったのだ?」
「そこまで悪くないと思う。私のこと、強くて優しくて、頼りになるって言っていたし。ただ、私と会う時は少し緊張するみたい。多分、私が威圧的に感じるんだと思う。私、たまに『威圧的に感じる』って言われるしなぁ」
レディーナが威圧的…って、どこが?
可憐な彼女が男装したところで、威圧的になるとは到底思えない。
だけど彼女の話を聞く限りでは、好感触のようね。
…まさか、緊張する理由は別だったりして?
「もしかして、そのお方は男装したレディーナ様に少しだけ気があるから、会われる時に緊張されるのではないのでしょうか?」
「えっ…!」
私がその可能性を指摘すると、レディーナは目を丸くし、頬を緩めた。
「そ、そうか? 男の姿の私って、可能性ありそう?」
「可能性はゼロではないと思います。ただ、男装した姿の方で好かれても、後々大変だと思いますが…」
「確かに色々大変だけど、悪魔王を倒すことに比べたら楽勝でしょ!」
レディーナは呑気ね。
ま、本人は嬉しそうだし、水を差すようなことは言わないでおこう。
男装での恋愛に行き詰まったら、その時に相談に乗ってあげればいいわ。
……そんな話をしていると、突然、ヒヒさんが大きな声で叫び始めた。




