異大陸の悪魔憑き
なぜユミル殿下が、ここに?
カフェに入って来たユミル殿下を見て、ふとアベル殿下との会話を思い出した。
──ウインの正体は、アイツなんじゃないか?
もし仮にそうだとしたら、ユミル殿下はなぜ変身せずにお店に入ってきたの?
それに一緒に入ってきた獣人族の二人とは、どういう関係?
ユミル殿下はこちらに気付くと、表情を固くして顔を逸らした。
…怪しい。
いつもなら大して気にしなかったと思うけど、殿下がウイン様かと考えると、さっきの表情はどこか不自然に感じる。
まさか、ウイン様は獣人族の二人と会うために約束を破ったのかしら?
さっきのリアクションは『約束をすっぽかした後ろめたさ』によるものだったりして…?
いいえ!
ウイン様が理由もなく約束を破るはずがないわ!
きっと、やむを得ない理由があったのよ。
それかユミル殿下は、ウイン様ではないのかもしれないし。
きっとそうよ。そうに違いないわ。
「まさかユミルまでここに来るなんてな。凄い偶然」
「本当ですね」
ユミル殿下と獣人族の二人は、窓側の席に座り、飲み物を注文する。
私とレディーナは気づかれないように目だけを動かし、3人に視線を送った。
「アイツ、あの二人とどういう関係なんだ?」
「獣人族は確かゴンドワナ大陸にいる少数民族ですよね? なぜ彼らが、遠く離れたアスタリア王国にいるのでしょうか?」
3人の様子をじっくり観察する。
ユミル殿下と獣人族の少女は楽しく談笑し、大男の獣人族はそれを見守るように静かに佇んでいた。
すると、獣人族の少女が私達の席に目を向ける。
と同時に、彼女は耳を塞ぎたくなるほどの金切り声をあげで大男の後ろへ逃げた。
「悪魔憑きじゃあ〜! 悪魔憑きが出おった!」
こんな時に悪魔憑きが?!
少女の叫びを聞いた私とレディーナは、身構えながら辺りを見回す。
だけど、それらしき人物は見当たらない。
…あぁ、そういうことね。
きっと獣人族の少女は、私を悪魔憑きだと勘違いしたのだわ。
「タマモ様、下がってください。悪魔憑きは私が成敗致します!」
すると大男は、岩のような握り拳を作って襲いかかってきた。
「待ってください! 私は…」
悪魔憑きではありません!
と言おうとする前に、なぜか大男はレディーナに殴りかかっていた。
殴られると微塵も思っていなかったレディーナは、大男が繰り出すパンチをもろに喰らう。
顔面を殴られたせいで、彼女は鼻血を出して涙目になった。
「痛ぇ…何すんだ、この猿野郎!」
レディーナが立ち上がって大男に掴みかかろうとしたその時、ユミル殿下が二人の間に入って大男を宥めた。
「タマモ様、ヒヒ殿、彼女は悪魔憑きではありません。この国の賢者様です」
「なんじゃと!?」
「それは本当ですか!?」
それを聞いた獣人族の二人は冷静になり、レディーナをあらゆる角度から舐め回すように凝視する。
「どこからどう見ても、悪魔憑きにしか見えぬが?」
「貴女は本当に賢者様なのですか? ここまで悪魔憑きのような姿の賢者様がいるとは考えられません」
私ならまだしも、レディーナのどこが悪魔憑きに見えるの?
「はぁ? お前らの目は節穴か? どこからどう見ても、可愛い賢者サマだろうが!」
「レディーナ様、申し訳ありません。僕から、事情を説明させてください」
ユミル殿下が深々と頭を下げると、私達は殿下達が座っていた席に移動し、話を聞くことにした。
獣人族の二人は、レディーナを少し警戒しつつも彼女が賢者であることを受け入れたようだ。
「それでは改めて紹介させてください。こちらの方々はゴンドワナ大陸にあるヤマタイ国の王女・タマモ様と、従者のヒヒ殿です」
「妾がヤマタイ国の王女、タマモじゃ。先程は騒がしくしてすまなかったのう」
まさか狐耳の少女が王女様だったとは。見慣れない服装な上、独特な喋り口調のため、一目では分からなかった。
「私がヒヒと申します。こちらの賢者様とは知らず、いきなり殴りかかって申し訳ありませんでした」
二人はレディーナに頭を下げる。
レディーナは鼻血を出すくらい殴られたにも関わらず、『いいって気にすんな』とあっさり二人を許した。
器の大きい子ね。
しかし、ユミル殿下はなぜヤマタイ国の王女殿下とお出かけされていたのかしら?
その辺りの事情を聞きたかったけれど、今は自己紹介が先だわ。
私は質問したい気持ちを堪えて、ユミル殿下が紹介してくれるのを待った。
「こちらの彼女が、アスタリア王国を守る水の賢者・レディーナ様です」
「水の賢者じゃと? 初めて聞いたわ」
「火の賢者様や土の賢者様の存在は知っていましたが、水の賢者様は初耳です」
火の賢者や土の賢者こそ、初めて聞くわ。
ゴンドワナ大陸にも賢者がいることは知っていたけど、向こうの賢者は火と土を司るのね。
光の精霊は光の魔力と関係していることを考えれば、火や土の魔力が存在するのだから、それらの精霊がいてもおかしくはない。
「それと、こちらの彼女はアスタリア王国の宰相・オルティス公爵のご令嬢でございます」
「初めまして。ジュリー・オルティスと申します」
「ほほう! こちらのご令嬢は、大層美しいのう。これだけの美貌の持ち主であれば、社交界の華と持て囃されているのではないか?」
「お褒めいただき光栄です。ですが、そのようなお言葉を頂けたのは生まれて初めてです」
生まれて初めて、というのは正確には違うわね。
なんせフィーネの時には、ジャズ先輩を始めとしたファンの方々によく言われるもの。
それよりも、さっきから気になることがある。
「一つお聞きしたいのですが、ゴンドワナ大陸に現れる悪魔憑きは、こちらの悪魔憑きと違うのでしょうか? アスタリア王国では赤や黒が基調色の悪魔憑きが現れます」
すると獣人族の二人は目を見開いて唖然とした。
「赤と黒の悪魔憑きじゃと?」
「悪魔憑きは青以外にも存在するのですか?」
やっぱり、そうだった。
二人の話や態度からして、ゴンドワナ大陸に出る悪魔憑きは青いのだろう。だからレディーナを悪魔憑きと勘違いしたのね。
「タマモ様、ヒヒ殿、それに関しては僕から説明させてください」
ユミル殿下は悪魔憑きの説明を始めると、獣人族の二人は黙って聞いた。
「先程の話にあった通り、ゴンドワナ大陸で出る悪魔憑きとアスタリア王国で出る悪魔憑きは、それぞれ特徴が異なります。ゴンドワナ大陸では青い悪魔憑きが出ますが、我が国では赤と黒を基調色とした悪魔憑きが出ます。そのため、我が国では赤と黒は忌諱されます。ゴンドワナ大陸における青色と同じです」
「へぇ〜、そうなのか? 悪魔王って、青色の悪魔憑きも作れるんだな。なぁユミル、ゴンドワナ大陸の悪魔憑きって、どんな感じなんだ? 他にも違っていたりするのか?」
レディーナはユミル殿下の話に関心を持つ。
一方のユミル殿下はレディーナの馴れ馴れしい態度に戸惑いつつも説明を続けた。
「ゴンドワナ大陸の悪魔憑きは、悲しみの感情によって生まれるそうです」
「怒りじゃないのか」
同じ悪魔憑きでも、ここまで特徴が異なるのは不思議だ。
(ねぇ、ワイティ。なぜ悪魔王は大陸によって悪魔憑きの種類を変えているのかしら?)
(それは…説明が難しいから、また今度でいい?)
ワイティは珍しく言い渋っている。
説明できない事情でもあるのかしら?
「この国だと怒ると悪魔憑きになってしまうのか。妾は短気じゃから、悪魔憑きにされないか不安じゃのう」
「怒るからといって必ずしも悪魔憑きになるとは限りません。そこまで神経質になる必要はありませんよ」
「そーそー! 私なんか、しょっちゅう怒っているけど、なんだかんだで1回も悪魔憑きになったことないし!」
「むしろ、私はゴンドワナ大陸に行った際に悪魔憑きにされないか心配です。怒りは普段から自制しているので耐性がありますが、悲しみを抑えることには慣れていませんので」
「それならきっと大丈夫じゃ! なんせゴンドワナ大陸の悪魔憑きは、数年前に1度出たきりじゃからのう」
たった1回?
こちらだと頻繁に悪魔憑きが出るというのに。
ずいぶん悪魔憑きの配分にばらつきがあるのね。
悲しみより怒りの方が悪魔憑きにしやすい、ということなのかしら?
「たった1度しか出ていないなんて、平和だなぁ。そんなに出ていないなら、そっちの賢者はいらないんじゃない?」
「そんなことはありません! 今は出ずとも、いつまた現れるやもしれません。その時のためにも賢者様達には、いてもらわないと困ります」
向こうの賢者はどんな人達なのだろう?
気にはなるけど、互いに守る場所が違うから、一生会うことは無さそうね。
それよりも、気になっていたあの事について聞いてみよう。




