ジュリーとレディーナ
最悪だ。
せっかくフィーネ様やレディーナ様、そして何よりジュリー嬢と会える日だというのに。
この日、僕は高熱にうなされて、ベッドの上から立ち上がれなかった。
体温は高いはずなのに、悪寒がする。
そのため布団にうずくまって、暖を取った。
(お前って、ホントついてないな。こんな大事な日に限って体調を崩すなんて)
念話で風の精霊様は大きくため息をついた。
僕も心の中で大きくため息をつく。
(まぁ、ジュリーは学校でも会えるんだし、気を取り直せよ)
(そうだけど、彼女と一緒に話すことなんて滅多にないじゃないか。せっかく彼女と話せる機会だったのになぁ…)
今すぐにでもベットから出てジュリー嬢に会いに行きたい。
なのに身体が重くて、ベッドから立ち上がる気力が湧かなかった。
(ジュリーと話す機会がなんて、これからいくらだって作ればいいさ。それに、これはこれで逆に良かったんじゃないか?)
(良かった? なんで?)
(だってもしジュリーと仲良くなりすぎて、彼女がウインのことを好きになったら目も当てられないだろ? お前が今の姿で告白しても『私はウイン様が好きだからカイル殿下とは付き合えません』って振られるんだぜ?)
(だけどウインも僕だよ? ジュリー嬢と一緒になれるなら、どっちの姿でも良いよ)
(甘いな。ジュリーがウインを好きになるってことは、その恋は期間限定の恋で終わるってことだ。悪魔王を倒したら離れ離れになるんだぜ? それに、お前にとっては同一人物でも、ジュリーにとっては別人なんだよ。仮に正体をバラしたとしても、ジュリーがカイルを好きになるとは限らないじゃないか)
(確かに、それはそうかも)
(まぁ、全部タラレバの話だけどな。ファンとはいえ、この前初めてウインの姿で会ったばかりなんだから、ジュリーが惚れてるワケないよ)
(そのくらい、わかってるよ)
だけど、この前の彼女の様子を思い出すと勘違いしそうになる。僕に抱っこされて照れている彼女は、一段と可愛かった。
(……彼女のことを思い出したら、意地でも会いに行きたくなってきた)
(気持ちはわかるけど、もう今日は諦めて寝な。ジュリーは逃げないって。彼女に会う前に倒れてたら世話ないぜ)
(ちょっと寝て少し回復したら、会いに行けるかな?)
(…そこまで会いたいんだったら、好きにしな。とりあえず俺はもう黙るから、お前はぐっすり寝ろ。寝過ぎてたら起こしてやるから)
(ありがとう、グーリン様!)
僕は少しでも回復する可能性を信じて、瞼を閉じて深呼吸をし、眠りについた。
◆◆◆
お昼時のカフェ『キャメル・モーダン』。
観葉植物で彩られた、木の温もりを感じるお店。
そのお店の出入口付近の席で、私はウイン様達が来るのを待っていた。
この席からなら二人が入ってくるのが一目瞭然だ。
私はホットココアをゆっくり味わいながら、出入口をチラチラと確認していた。
少し早く来すぎたかしら?
なかなか二人が来ないため、気がつけばココアをほとんど飲んでいた。
(ねぇジュリー、今からでも間に合うわ。フィーネの姿で二人に会うべきよ。先に約束をしていたのはフィーネの方でしょ?)
私の中に隠れている光の精霊は、念話で話しかけてきた。
(確かにそうよ? でもフィーネの姿であればいつでも会えるでしょ? ジュリーの姿でウイン様と会えるのは、これが最後かもしれないじゃない)
(フィーネの姿で会えるなら、それで十分だよ。ジュリーは今の姿でウインと会って、何がしたいの?)
(何がって、それは…)
(ジュリーは将来、お父さんが決めた相手と結婚するつもり、なんだよね? だったらジュリーがウインと仲良くなる必要はないんじゃないの? 友達のままでいいなら、フィーネの姿でもいいじゃない)
ワイティに言われて、気づいた。
自分が思った以上に、自制できていないことに。
ウイン様への想いは心の中に留めておくつもりだったのに、全然できていない。
無意識のうちに緑を選んでしまったり、アベル殿下やジャズ先輩に片想いがバレたり、ウイン様の前で緊張して避けてしまったり…。
今だって、ジュリーの姿で会いに行こうとしている。
(別にウインに恋するなって言ってるわけじゃないよ? むしろジュリーの恋は応援したい! 過去に賢者同士で恋をした人もいたから、頑張ればきっとウインとも結ばれるよ!)
(本当?!)
(うん! ただし、お互いの正体をバラすのだけはダメだからね!)
(わかっているわよ、そんなこと)
って、いつの間にかウイン様と付き合う前提で考えていたわ!
私はお父様が決めた相手と結婚すると心に誓っているはずなのに。
…だけど、ウイン様と会うくらいなら別にいいわよね?
ワイティと念話で雑談をしていると、お店のドアが開く音が響いた。
お店に入ってきたのは、清らかな川のように綺麗な青い髪の少女──レディーナだった。
彼女は店の奥の、日の当たらない席に座って、ウイン様と私を待っていた。
やっと来たわね!
私は用意していたノートとペンを準備して、レディーナの席まで移動した。
レディーナは突然現れた私に、目を見開いて唖然としていた。
「あっ、お前!」
「初めまして、レディーナ様。私はオルティス公爵の一人娘、ジュリー・オルティスと申します。このように見た目ですが、悪魔憑きではございませんので安心してください」
「なんでジュリーがここにいるんだよ」
「実はウイン様が、本日レディーナ様とフィーネ様がこちらに来られることを教えてくださいました。お二人のサインが欲しくて来たのですが、よろしかったでしょうか?」
「別にいいよ。サインだったらいくらでも書いてやるよ!」
私がノートとペンを差し出すと、レディーナは照れくさそうに笑いながら、あっという間にサインを書いてくれた。
「ありがとうございます。ウイン様のサイン同様、家宝にします」
「家宝って、大袈裟なヤツだなぁ。…えへへ、大事にしてくれよな!」
「フィーネ様のサインも頂きたいので、このまま一緒にお待ちしていてもよろしいでしょうか?」
「いいよ。好きにしな」
良かった。これで一緒にいる大義名分を得た。
フィーネはこのまま待っていても、絶対に来ることはない。
つまり今日一日、『フィーネを待つ』という理由でウイン様やレディーナと一緒にいられる。
私はレディーナの向かいの席に座って、ウイン様が来るのを待った。
「あぁ、早くフィーネ来ないかなぁ〜」
「そうですね。私もサインが欲しいです」
私が来るのを楽しみにしているレディーナには申し訳ないけれど、フィーネは来ない。
ウイン様を待っている間に、レディーナが注文したコーヒーが運ばれてきた。
彼女がコーヒーを一口飲む間に、私は店員さんにお水を注文する。
「そういえばジュリーって、ウインのサインはもらったの?」
「はい。この前、ブーケが悪魔憑きになって学校に出た時を覚えていますか? あの時にウイン様にお会いして、助けてくださったついでにサインをいただきました」
「へぇ。あの時、お前もいたんだ」
「ちなみに、その時にレディーナ様達がこのお店に来られることを聞きました」
「なるほどな。ようやく話が見えた。まさか私が戦っている裏で、ウインとジュリーが出会っていたとはな」
「私も、まさかウイン様に会える日が来るとは思いもしませんでした」
フィーネの姿では何度でも会っているけど。
「お前ラッキーだったな。今日はウインどころか、私やフィーネとも会えるんだからさ。あぁフィーネ、早く来ないかなぁ〜」
レディーナは片手で頬杖をつきながら、出入口の方を眺めた。今か今かとフィーネを待ち侘びる彼女を見ていると、私のことを想う気持ちが伝わってきて嬉しくなる。
「ウイン様も、早く来るといいですね」
「アイツは別に。フィーネだけ来ればそれでいい!」
だけど彼女、ウイン様を毛嫌いしているフシがあるのよね。どうしてなのかしら?
「なぜウイン様は来なくてもいいのですか? 同じ賢者仲間ではありませんか。もしかして、ウイン様と仲が良くないのでしょうか?」
「えっ? 別に嫌ってないけど? ただ、それとこれとは別というか、なんというか…」
それとこれとは別?
なんの話かしら?
「つまり、どういうことですか?」
「つまり、だな…」
私が尋ねると、レディーナはまるで寝違えたかのように首を捻る。
「実はさ、私、好きな人がいるんだ」
「そうなのですね」
知っているわ。
レディーナの好きな人って、ジャズ先輩のことよね。
以前話した時にジャズ先輩のことをべた褒めしていたし、レディーナの好きな人はジャズ先輩以外ありえない。
「だけどさ、その人、実はウインのことが好きらしいんだよ」
「えぇ!?」
ジャズ先輩が、ウイン様を?!
てっきり先輩はフィーネが好きなのだと思っていた。
もし本当にウイン様が好きなのであれば、ジャズ先輩はもしかして……薔薇の人?
キャリーが聞いたら飛んで喜びそうな話ね。
「まさか、意外ですね。その…同性愛者の方だとは、思いもしませんでした」
「え?…あぁっ!?」
するとレディーナは慌てて顔を横に振った。
「違う、違うの! そういう意味じゃないから! あくまで友達として好きっていう意味だから!」
「そうですか」
とんだ早とちりだったわ。
フィーネ一筋のジャズ先輩が、薔薇の人のはずがないものね。
だけどジャズ先輩は、ウイン様と友達だったの?
二人の関係が気になるわ。
「とにかく話は戻すけど、私の好きな人がウインを慕っているのが面白くないの。アイツ自身は、いいヤツだと思うよ? それに大事な仲間だとも思ってる。だけど、アイツにあの娘を取られるのだけは嫌だ。そういう意味では、アイツは私のライバルだ」
大男のジャズ先輩を『あの子』呼びするなんて。
レディーナにとって、ジャズ先輩は可愛らしい存在、ということなのかしら?
「レディーナ様がウイン様に敵対心を抱く理由はわかりました。ですが、ウイン様とその方が恋仲になるとは思えません。レディーナ様がそこまで心配する必要はないのでは?」
試しに、ウイン様とジャズ先輩が恋仲になるところを想像してみる。
……う〜ん、天地がひっくり返っても、あり得ないわね。
「甘いよジュリー! お前は二人を見たことがないから、そんな呑気なことが言えるんだ! この前だってウインのヤツ、あの娘をお姫様抱っこしていたし」
ジャズ先輩をお姫様抱っこ?!
ウイン様は力持ちなのね。
だけどその場面、想像しただけでかなりインパクトがあるわ。
「しかもあの娘、ウインと話す時はいつも顔がほんのり赤いし! 今はまだ友達同士でも、時間の問題だろ!」
フィーネと会う時ですらあまり頬を赤くしないジャズ先輩が、ウイン様相手に照れているなんて想像もできないわ。
もしかして、本当に薔薇の人なの…?
「ですが仮にその人がウイン様に気があるとしても、ウイン様がその気でなければ大丈夫ではないのでしょうか?」
「どうだろうな? アイツこの前『君みたいな人に好かれる人は幸せなんだろうな』って言ってたくらいだしな。案外、気があるんじゃね?」
この前、私に対して言ってくださった言葉と同じね。ウイン様は誰に対しても同じことを言っていたのかと思うと、あの時言われて舞い上がっていた自分が馬鹿らしくなった。
「その台詞なら、私…の知り合いも言われたことがあるそうです。ですから特別な意味で言ったわけではないと思いますよ?」
知り合い、ではなく本人だけど。
「そうなの? じゃあ、ウインの方は気があるわけじゃないか」
ウイン様までそっちの気があったら、たまったもんじゃない。
「だとしても! あの娘がウインに気があることに変わりない。どうにかして振り向かせたいんだけどなぁ。今の私じゃ、圧倒的に不利だ」
確かにジャズ先輩が薔薇の人なら、レディーナに勝ち目はない。
……そうだわ!
私はレディーナの手を握ると、彼女の目を見つめた。
「私、レディーナ様の恋を応援致しますわ! 私は王立アスタリア魔導学園で生徒会庶務をしています。ですので相談がありましたら、いつでも生徒会室か2年の教室に来てください。忙しくなければ、お話を聞きます」
レディーナは虚をつかれたかのように目を見開いて、瞬きをする。
「それに賢者様達や私生活の知り合いに相談できないことでも、私であれば聞けることがあると思います」
「確かに、そうかも。…ありがとう、ジュリー!」
レディーナは少し照れ臭そうにしながら微笑んだ。
すると突然、お店の扉が勢いよく開いた。
ウイン様が来たのかしら?
私とレディーナの視線は扉に集まる。
お店に入ってきたのは、狐のような耳と稲穂に似た髪色を持つ、野生味あふれる少女だった。
その少女に続くように、猿のような尻尾を持つ筋骨隆々の大男も中に入って来た。
「あれって獣人族? スゲェ、初めて見た」
「私もです」
レディーナと私は相手に聞こえないよう、こっそりと呟く。
獣人族の二人の後ろにも誰かがいるようだ。
その人物がお店に入って来た時、私は言葉を失った。
「あっ、アイツは…!」
獣人族の少女と一緒に入ってきた人物。
それは──ユミル殿下だった。




