フィーネの偽物
なぜフィーネが、あそこにいるの?
自分の目を疑った私は、中庭に現れたフィーネを凝視する。
……見間違いじゃない。
あれは、どう見ても私だ。
もう一人の私は、ブーケに従うように側にいた。
あのフィーネはきっと、彼女の能力によって生み出された偽物だろう。
教室に現れたブーケは、大きなペンで紙に何かを書いて、それを貼り付けようとしてきた。
恐らく紙を貼り付けた相手に、紙に書かれた効果を付与する能力なのだろう。
あの偽物も、誰かが『フィーネに変身する効果のある紙』を貼られて生まれた可能性が高い。
「嘘だろ? フィーネのやつ、もうブーケにやられたのかよ」
アベル殿下はその光景に、頭を抱えた。
私は本物だからアレを偽物だと気づけたけれど、第三者からしたら、フィーネ本人が操られているように見えるようね。
「いま見つかると、まずいですね」
「だな。いくら俺でも、ジュリーを連れて二人を撒くのは無理がある」
「ですが殿下お一人であれば、今のうちに気づかれないように移動すれば逃げ切れるのではないでしょうか?」
「アホ言え。ブーケに狙われているお前を置いて逃げるほど、薄情な人間じゃねえよ」
お心遣いは嬉しいけれど、これじゃあ変身できないわ。
アベル殿下が一人で逃げてくれれば、その間に変身して戦いに行けるのに。
私と殿下は物陰に隠れながら、ブーケ達の動向を見る。するとブーケ達の前に、レディーナとウイン様が現れた。
二人は偽フィーネを目の前にして、戸惑って後退りする。
ブーケと偽フィーネは、それをいいことに積極的に二人へ殴りかかる。ブーケはレディーナを、偽フィーネはウイン様を狙っていた。
ウイン様は偽フィーネと戦うのを躊躇っているのか、攻撃をかわすばかりで反撃をしなかった。
レディーナも、ブーケに苦戦しているようだ。
よく見たら、レディーナの周りに何かが飛んでいる。目を凝らしてみると、それは全てペンのようだった。
多分あのペンもブーケの紙の効果で、浮遊したりレディーナを攻撃したりしているのだわ。
「……あっ、やべ」
「どうかしましたか?」
「ブーケと目が合った」
見つかった!
ブーケと偽フィーネは蛇のような鋭い目で、こちらを凝視している。
アベル殿下も私も、額から冷や汗が流れ出た。
「逃げるぞ!」
殿下は強引に私を担いで、屋上から移動しようとする。
だけど私達が逃げる間もなく、偽フィーネが屋上へ飛んできた。
と同時に、ウイン様も偽フィーネを追いかけて屋上へとやってきた。
偽フィーネの狙いはアベル殿下のようだ。
私には目もくれず、握り拳をアベル殿下に向ける。
しかし、それをウイン様が片手で受け止めて殿下を守るように二人の間に入った。
「お二人とも、今のうちに逃げてください!」
ウイン様はそのまま偽フィーネの握り拳を両手で掴んで、動きを止めた。
偽フィーネはそれに抗うように、ウイン様の顔面に蹴りを入れようとする。だけどウイン様はその蹴りをかわし、偽フィーネが体勢を崩すと同時に地面に組み伏せた。
組み伏せられているとはいえ、ウイン様とあれだけ密着している偽フィーネが羨ましい。
……って、今はそんなことを考えている場合じゃない!
「殿下、今のうちに逃げましょう!」
「…いや、ちょっとまて」
屋上から移動しようとする私とは反対に、殿下は眉をひそめて何かを考えている。と思ったのも束の間、ウイン様に対して話しかけた。
「おいウイン! 俺がフィーネを引きつけておくから、その間にお前はレディーナと合流してブーケを倒せ!」
その提案に、ウイン様も私も唖然とする。
「いくらアベル殿下でも、それは危険です! 僕が押さえている間に、早く!」
「状況をよく見ろ! レディーナがブーケに苦戦しているじゃねぇか。お前がフィーネを押さえていたら、レディーナ一人でアイツを倒さないといけなくなるだろ?」
「ですが……」
「俺は逃げ足に自信があるから、心配すんな。それに俺が捕まるより、悪魔憑きを倒す奴がいなくなる方が大問題だろ?」
アベル殿下に説得されたウイン様は渋々、偽フィーネを手放した。
「あ! でもジュリーちゃんは念のために、安全な場所に避難させてくれよ?」
「えっ?!」
殿下は意地悪な笑顔を私に向けて、ウインクする。
本人はきっと、粋な計らいのつもりで言ったのだろう。
ありがたいと思う反面、少しお節介のようにも感じた。
「あと女の子を避難させる時は、紳士らしくお姫様抱っこしろよな?」
さっき私を俵担ぎしていた人が、何を言ってるの?
「それじゃ!」
アベル殿下はそれだけを言い残すと、建物と建物を飛び移りながら偽フィーネから逃げていった。
屋上には私とウイン様だけが残った。
よく考えれば、ジュリーの姿でウイン様と会うのは初めてかもしれない。
ウイン様はジュリーのことを、どう思うのだろう?
それを考えただけで、緊張で胸の鼓動が高鳴った。
「それじゃあ…アベル殿下の言う通り、君を安全な場所に避難させるね」
「は、はい!」
ウイン様は照れ臭そうにしながら、そっと両手で私を持ち上げ、お姫様抱っこをした。
そしてアベル殿下と逆方向へ走りだし、建物の屋根を飛び移りながら避難した。
ウイン様にお姫様抱っこをされるのは、あの時以来だ。
間近で感じる、ウイン様の息遣い。
背中と膝裏で感じる、温かくて頼もしい腕の感触。
すぐ目の前にあるウイン様の凛々しいお顔は、美しくて目が離せない。
「……あの、ジュリー嬢」
「はい?」
「あまりジロジロ見られると恥ずかしい、かな?」
その指摘に、心臓が飛び跳ねそうになる。
私ったら、そんなにずっと見ていたの?
私の視線を感じたウイン様は、恥ずかしそうに笑いながら、頬を赤くした。
「し、失礼しました!」
私はウイン様から顔を逸らす。
顔が熱い。
きっと今の私の顔は、トマトのように真っ赤なのだろう。
「その……男性にお姫様抱っこをされるのは初めてなので、緊張してつい…。今の私の顔は、見ないでください」
「ははは、それは仕方ないね。僕も、君の緊張がうつっちゃったみたい。なんだか照れちゃうよ」
子どものように無邪気に笑うウイン様も、素敵だ。
このままずっと、ウイン様にお姫様抱っこされていたい。
だけど、そんな時間はあっという間に終わろうとしていた。
ウイン様はオルティス邸へ到着すると、屋敷の門の前でゆっくり私をおろした。
「ウイン様、ありがとうございました」
「いえいえ。賢者として当然のことをしたまでだよ」
せっかく普段の姿で会えたのに、このまま別れるのは寂しいわ。
…そうだ!
「忙しいのは承知でお願いしますが、少しお待ちいただけますか?」
「何だい?」
私は急いで侍女を呼び、ペンとノートを持ってくるようにお願いする。
「実は私、ウイン様の大ファンなのです。よろしければサインをいただけますか?」
「ああ。もちろん!」
ウイン様は満面の笑みで快諾してくださった。
侍女からペンとノートを受け取ると、スラスラとノートにサインを書く。
教養を感じられる綺麗に整った字は、ウイン様のように美しい。
「ありがとうございます、ウイン様!」
このサインは家宝にしよう。
「これくらい、いつでも頼んでくれて大丈夫だよ。……それと、ジュリー嬢は今度の日曜日は、ヒマかな?」
「えっ?」
「実はその日、『キャメル・モーダン』というお店で、フィーネ様とレディーナ様に会う予定なんだ。よかったら、君も来る?」
「いいのですか…?!」
まさかウイン様に誘っていただけるなんて。
ありがたいお言葉に心が踊った。
「ですが、どうして…?」
「えっ、あ、ほら! 君がフィーネ様とレディーナ様も好きだったら、その日にお店に来たらサインがもらえるんじゃないかな、って思ってさ。二人も、きっとファンにサインを求められたら嬉しいと思うし。それだけ。別に他意はないよ!」
私がサインを貰えるように、わざわざ誘ってくださったのね。
そのお心遣いが尊いわ。
だけどフィーネとジュリーが、二人同時にお店で待ち合わせるのは不可能だ。
…申し訳ないけれど、フィーネは当日ドタキャンしよう。
「それじゃ、僕は悪魔憑きを倒しに学校へ戻るね。日曜日、会えるのを楽しみにしているよ!」
それだけを言い残すと、ウイン様は建物を飛び移りながら去っていった。
私も一緒に戦いにいかないと。
私は屋敷の自室へ入ると、貰ったサインを大事に机の引き出しにしまう。
そしてフィーネに変身すると、誰にも気づかれないように窓から出て学校へと向かった。
◆◆◆
「レディーナ、無事かしら?」
私はウイン様の後を追いかけるように、学校へ到着した。
学校の屋上から中庭にいるレディーナ達を覗く。
ひと足先に着いていたウイン様は、既にレディーナと一緒にブーケと戦っていた。
二人は、ブーケが繰り出した浮遊するペンに苦戦している。
心なしか浮遊するペンは、さっき見た時よりも増えている気がする。
よく見るとそれらの中には、ペン以外にも葉っぱや草花が混じっているようだった。
ブーケは武器を増やしたようね。
まずいわね。
このままだと、私が合流したところで押される一方だわ。
……そうだ!
今の状況を、逆に利用しよう。
私はあえて、アベル殿下達が逃げていった方角へ、気づかれないよう回り込む。
そして、あたかもその方角から戻ってきたかのように、ブーケの前に現れた。
「あら、私のフィーネ様。もうアベル殿下を倒したの?」
思った通りだ。
ブーケは私を偽フィーネと勘違いしている。
そのためか宙を舞うペンや草花は、私を味方だと認識しているのか、一切攻撃してこない。
私は気づかれないように、慎重にブーケに近づく。
そんな私を見たウイン様とレディーナ様は、苦悶の表情を浮かべた。
私はブーケのすぐ側までくる。
今がチャンスね!
私は素早くブーケに蹴りを入れると、よろめいている間にトドメの一発を喰らわせ、悪魔祓いをした。
ブーケが元の姿へと戻ると、宙を待っていたペンの群は、まるで雨が降るように次々に地面へ落ちた。
「えっ? フィーネ、どういうこと?」
「ブーケさんに操られていたんじゃなかったの?」
さっきまで私を警戒していた二人は、安堵と困惑が入り混じった表情で私のもとへ駆け寄る。
「フフ、それは内緒です♪」
『本当は操られていなかった』と説明するのは簡単だけど、私は敢えて教えなかった。
『あの偽物は一体なんだったのか?』
『偽物のフリをしていたのは、どうしてか?』
『偽物の存在を知っていたのは何故か?』
……などなど。
一つ一つが些細な質問でも、細かく言及されたら正体がバレかねない。
ボロを出さないためにも、秘密にしておこう。
「それより、学校を元通りにしましょう」
「だな!」
「そうだね!」
私達3人は手を重ねて、精霊の力を手に込める。
そして手を上げて精霊の力を放つと、学校は一瞬で元通りになった。
「それでは、ブーケさんは私が医務室まで運んでおきますね」
私は倒れたブーケを持ち上げると、校舎の中へと入った。
「了解! フィーネ、ありがとう。またね〜!」
「フィーネ様、また今度の日曜日に会おうね!」
優しく微笑みかける二人を見ていると、少し申し訳なく感じる。
だってその日、フィーネは来ないのだから。
「えぇ、また。今度の日曜日に!」
今度の日曜日。
会うのは、ジュリーだ。




